死霊のダンジョンへ出前です 1
さて、人生初の瞬間移動です。
どうなるんだろうと思ったら、渦が背丈以上に伸びたかと思うと周囲が闇に包まれた。
「わっ!」
でも一瞬だけだ。すぐに柔らかい暗さまで回復する。
その時にはもう、私達は見知らぬ場所へ移動していた。
あちこちの岩の一部が、薄青く光っている。けれど光源は、空気中を漂う小さな光の粒だ。
ふんわりと辺りを照らしながら、たゆたっている。
「どうくつ……」
暗い、岩を乱雑に穿って作ったような場所だ。
開けた場所から閉塞感のある場所に来て、思わず肩が震えた。というか洞窟だけあって、少し肌寒い。マントを羽織ってきて良かった……。
そう考えたところで気づく。
あ、私水筒しか持ってきてない。
「慌てるにもほどがあるね私……」
なにせダンジョンだ。強い魔物もいると聞いたのに、とんでもない軽装で来てしまった。ちょっと原因を改善してすぐ帰るつもりでいたけれど、これ、そうそう上手くいかない……よね?
「魔物に遭遇したらどうしよう」
今さらながらに不安が心に浮かぶ。心細い。だけど私には仲間がいた。
「大丈夫。ここはかなり目標に近い場所だし、そのために彼らがいるからね」
私のすぐ横に浮いているソラが、不安を和らげる言葉をくれた。
良かった。ここのダンジョンは来たことがないし、情報もそれほど詳しく知らないのだ。
同時に、ソラの周囲にいる小さな精霊達が騒ぎ始めた。
《風の精霊:ひゃっはー腕がなるー》
《風の精霊:レベル上げー》
戦闘に前向きで頼もしいけれど、このサイズの小ささが不安だ。
というかそもそも彼らは何なのだろう。
「ソラ、彼らは精霊なのよね? なのに変な事ばかりしゃべっているんだけど、どうして?」
ずっと聞きたかったことを尋ねながら、先に進み始めた精霊達を追って歩き始めた私に、ソラはふふっと笑って答えない。内緒にされてしまった。
そうしているうちに、最初の魔物に遭遇したようだ。
《風の精霊:ゴーストはっけん》
《風の精霊:技使ってみるねー》
《風の精霊:わたし魔法にするー》
先行する精霊達の前に、ハロウィンのシーツを被ったお化けみたいな魔物の死霊が漂ってきた。頭の方は白くてはっきりしているけれど、裾の方へ行く度に半透明になっていく。
ゲーム画面で見るよりも大きい。それにふわっと幻みたいにではなく、ぞぞぞぞと音がしそうに漣のように移動するので、怖さも半端ない。
精霊達はそんなゴーストに、無邪気に向かって行く。
ちなみにゴーストはレベル20。
どうなることかと思ったけれど、鳥型の精霊がどうやって持ってるかわからない、つまようじみたいな剣が光を放つ。それでバサッとゴーストの裾が裂けた。
魔法の光がまばゆくフラッシュしたかと思うと、ゴーストは半分溶けた状態に。
そこにまた剣を光らせた精霊達が寄ってたかり、あっという間にゴーストは煙になって消えてしまった。
ちゃんとゴーストを倒してくれた。私もなけなしの初級魔法で援護しようかと思ったけれど、全く必要ない。
「だけどこれ……精霊の戦い方となんか違うよね?」
風の精霊がなんで剣を持ってるの? どうして光の魔法を使ってるの?
「おかしい……」
つぶやきながら見るけれど、ソラは全く気づかないふりをして先へ進む。
仕方なくついて行く私は、しばらくして当初の問題を思い出すことになった。
前を進んでいた精霊が何人か、びっくりしたように振り向いた。
出しっぱなしのステータス画面に、精霊達の会話が踊る。
《風の精霊:またポップした?》
《風の精霊:時間みじかすぎ》
「は?」
再ポップって何? と思いながら精霊達にならって後ろを振り向けば、煙が集まるようにしてさっきのゴーストが再び現れようとしていた。
《風の精霊:ここ、他のまものも同じよーに戻っちゃうんだよね?》
そうだった、と私は思い出す。
魔物が復活するから、団長様達が苦労をしているのだ。
《風の精霊:んだんだ。今倒してもしかたない》
《風の精霊:なら走ろー》
「ユラ、走って」
ソラに言われて、私は精霊達と一緒に走り出す。というか、ここで一人だけ置いていかれても困る!
精霊達に囲まれるようにして、私は走ることに専念した。
その途中でも、目の前に次々と死霊が現れる。
骸骨みたいなのとぶつかりそうになって、思わず悲鳴を上げる。
大きな青白い蛇みたいな死霊の横を、見なかったことにして駆け抜ける。
正直、可愛い鳥やゴブリン精霊達が側にいなかったら、お化け屋敷に入ったみたいに恐怖でとにかく闇雲に逃げていたと思う。
でも逃げていたって問題が解決するわけではなかった。
ちらりと振り返った私は、思わず息を飲んだ。
ゴーストも骸骨も、色んな死霊が固まって後を追いかけてきている。完全に死霊たちのヘイトを集めて、ぞろぞろと引き連れてきてしまっていたのだ。
《風の精霊:わー釣れてる》
《風の精霊:ダンジョンの最奥まで連れて行っちゃえ》
「え、ちょっ……!」
それじゃ肝心かなめの場所で、ゆっくりお茶を使うとかそれどころじゃなくない?
そこでまたしても、私はソラに聞きそびれてることがあるのを思い出した。
「あのソラ! ええっと私、一体紅茶をどう使えばいいの!?」
走りながら尋ねると、横をすいすい飛ぶソラが笑顔で答えてくれた。
「もちろん、このダンジョンの状況を変える魔法の、核になっている存在に飲ませてあげるんだよ?」
「それ、人間!?」
魔法の核というのなら、利用されている人間という可能性もある。そんな一縷の望みに縋ったのだけど、
「ダンジョンのボスかな?」
ソラはさらっと恐ろしいことを口にした。
ていうことは私、団長様達よりも先にダンジョンボスと対戦するの!?




