団長様達の出発、そしておやつふたたび
二日目も、そこそこの人数が来てくれた。
午前中は時間差で10人。
お昼過ぎには、ハーラル副団長さんとその部下が5人。
「飲んだ瞬間にカップが割れることはないのだよな?」
前回のお茶がアレだったせいで、副団長さんはそこが心配だったようだ。けど大丈夫ですよ。筋力が増すお茶はここでは出してませんから。
夕方も、見回りや訓練が終わった人が、ぽつぽつと訪れてはお茶を飲んで行ってくれる。
お会計も問題は無い。
初日のイーヴァルさんの行動から、台所から客席をのぞける様にした小窓近くに置いたキャッシュトレイ代わりの小箱に、みんな進んでお代を置いて行ってくれるし。
そのイーヴァルさんは三時ごろからまた指定席を陣取って、自分の側にキャッシュトレイを持って行ってしまう。
どうも料金を回収するのが自分の仕事、と決めてしまったようだ。
楽しそうなのと、一緒に来た団長様が「やらせておいてやってくれ」と言うので、そのままにしておく。
団長様はイーヴァルさんと一緒に静かにやってきて、お茶を飲みつつフレイさんと少し話をして出て行く。
実に喫茶店らしい利用の仕方だ。
なにより、無言の人も満足そうな表情をしているし、美味しかったと声をかけてくれる人もいる。
だからこそ、ダンジョンのことが心配だった。
翌日、私は開店前に見送りに出ることにした。
とはいっても、何を言っていいのかわからないので、城の中庭に集まっているところを遠くからこっそり見るだけなのだけど。
でもすぐにフレイさんに見つかった。
「何をしているんだい、ユラさん」
「あの、見送りを……」
「見送りは、建物の陰に隠れてするものじゃないと思うよ?」
そう言うものの、フレイさんも無理に隠れている私を引っ張りだそうとはしなかった。
「なるべくイーヴァルから離れないように、危険な場所にも行かないように、大人しく待っているようにね」
そうは言うけれども、
「お城に危険な場所ってありましたっけ?」
「主塔の上に上がるとか。壁の上に上がるのも禁止ですね。うっかり落ちそうで気が気じゃない」
よほど『落ちる』ことがフレイさんは心配の様子。
「行きません。お茶を淹れてクッキー焼いてすごしています。それよりフレイさんこそお気をつけて。あの、団長様達にもよろしく……」
あんなことを言ったり、泣きついてしまったりした後なので、団長様と顔を合わせにくい私はそう伝言した。
「わかっているよ」
フレイさんはふっと笑うと、手を振って立ち去る。やがて馬に騎乗して、移動を始めた彼らを見送る。
その時ふと、団長様がこちらを見たような気がした。
こちらを見たと思ったのは、私の錯覚だろうか。あ、でも私がじっと見てたってわかる方が恥ずかしいかもしれない。
思わず視線をそらした時、背後でつぶやく人がいた。
「……リュシアン様のことをフレイに頼むのは、あまり適切ではないと思いますが」
「ひゃあっ! イーヴァルさんいつの間に!?」
真後ろに立っていたけれど、来たことにも気づかなかった! 忍者ですかあなたは。
「しばらく前から、盗み見ていたあなたを見守っていました。なんにせよ、フレイに守られなければならないようなリュシアン様ではありません。安心して仕事をしてください」
団長様を崇拝するイーヴァルさんがこう言うのだ。
心配はないんだろう。
けど、と思う。
暇が多いので、なおさら考えごとをしてしまうせいだろうか。気になる。
お客さんが少ないのは仕方ない。主要な人が出払い巡回に行く騎士さんもいるので、そもそもお茶を飲みに来られる人がいないのだ。
イーヴァルさんもずっとはいられないので、お昼頃には休憩のため席を外している。
静かな部屋の中にいると、よからぬことを考えるのは仕方ないだろう。
私は扉の札を閉店中にひっくり返し、鍵をかけた。
そうして冷蔵庫の中から、クッキーを取り出す。
もちろん『精霊のおやつ』だ。
火を絶やさないようにしているかまどの中では、ゴブリン姿の火の精霊がご機嫌で踊っている。
私は彼にクッキーを使用した。
「おやつはいかがですか? っと」
ボタンを押せば、精霊はくるっとこちらを振り向いて、クッキーを置いた台の上にぴょーんと飛び乗ってくる。
そうしてクッキーの前で両手を組み、頂きますと言わんばかりに黙とうした上で抱き付いて食べ始めた。
「食べ方にも精霊ごとの差があるんだなぁ……」
それぞれに違う存在ということなんだろう。たとえ自然現象に魔力が合わさって出来た存在でも、心がある以上は。
なんてことを思って見ていれば、すぐにクッキーは完食される。
「おねがいなーに?」
精霊に尋ねられて、私は用意していた言葉を口にした。
「リュシアン団長達の今の様子ってわかる?」
精霊はどこにでもいる。常にいるわけではないけれど。当然ダンジョンにもいるだろう。闇の精霊みたいなのとか、風の精霊とか。湿ってるなら水の精霊も。
その誰かから、情報を伝えてもらうことはできないだろうか?
「いーよー」
精霊はそう言うので出来るらしい。グッジョブ! とばかりに親指を立てた手を突き出して見せた。
ドキドキしながら待つ私の前で、精霊は「ふんふんふん」と言いながら片足でぴょんぴょん飛んで一回転する。
何かの儀式? と思ったら再び話してくれた。
「えっとー、リュシアンはぶじー、だけど重傷者がでて悩んでるみたい?」
「重傷者!? ってどうしてなのかわかる?」
確か先に試しに入らせたらダンジョン内の死霊が思ったより強くて、フレイさんを加えたりした精鋭を連れて行くように組み直したんだよね? それでも!?
「うーん、しりょーを復活させるものがある? たおしてもまたゾンビる?」
「復活させてるものが!?」
死霊が不滅状態ってこと?
重傷者って不意を突かれたってことかな? 倒したと思って安心したところで復活されたら、避けられない。
オルヴェ先生がついて行っているだろうから、死者は出ないと信じたいけど。
「ううう……」
不安だ。でもまだ初級魔法しか使えない私が行ってどうするっていうのか。
と思ったところで、ふと考えた。
「利用法を知ってるんじゃないかしら? あの精霊なら」
一人だけ大きいゴブリン姿の精霊。話が途中になったままだし、呼び出す方法がわからなかったけれど、この精霊のおやつを使って聞けばいいのでは?
「あの、あなたの仲間の大きな精霊を呼べる? あなたと同じ姿をしていて、クッキーがなくても私としゃべってくれる精霊」
名前がわからないのでそんな説明になったけど、通じたみたいだ。
「じゃあクッキー10個」
はいちょーだい、と右手を差し出す精霊。
「え、それでいいの!?」
けっこう簡単だった! と思いながら私はクッキーを取り出した。




