魔力の渦へ
全員がそこから離脱を試みた。
けれど竜巻は急成長していく。
まず眼下の牛のような魔物が巻き込まれた。
建物と一緒に風に舞き上げられて、渦巻きの中で黒い稲光を発生させながらその姿がくずれていく。
画面を開いていた私は、魔物の消失を確認してぞっとした。
あんなのに巻き込まれたら命がいくつあっても足りない!
でも竜巻に近い騎士達が巻き込まれそうになっている。
飛びトカゲの焦ったような鳴き声に、私は心が痛くなって急に涙があふれそうになった。
思わず手を伸ばしかけたところで、画面を開いたままにしていたので、タッチした状態になったらしい。
《解き放たれた魔力の渦》という単語が画面に表示された。
続けて文字が現れる。
《魔力の渦を選択しました》
え、選択!? してないしてない!
《魔力の渦とリンクしますか? Y/N》
なのに勝手に文字が次々現れて行く。……どういうこと?
頭の中はパニックだ。でもフレイさんに説明してもわかってもらえるかどうか。それ以前に、私を抱えて竜巻から逃れようとしている邪魔になってしまう。
竜巻は一度空高く体を伸ばした後、うねうねとしながらこちらへ向かってきていた。発生地点は変わらないので、長いロープをぶん回しているような感じだ。
遠くへ逃げている私達に、横から襲いかかって来る。
フレイさんが急上昇して竜巻を避けようとする。
でもそんな私達を、竜巻も方向を変えて追いかけて来た。
「ちっ」
「うそっ!」
フレイさんは舌打ちだけして飛びトカゲを横にスライドするように動かすけれど、それでも追尾するように動く。
まさか……と私は考えた。
リンクしますかっていうおかしな表示のせい?
だったら私のせいだ。竜巻が私をおいかけてきているのだとしたら、フレイさんもこの飛びトカゲも巻き込まれて死んでしまう。
「…………」
飛びトカゲの翼を、竜巻がかすめそうになった。
フレイさんの表情がますます厳しくなる。飛びトカゲが恐怖したように叫び声を上げた。
その声に押されるように、私はフレイさんの腕から逃れようとした。
このままじゃみんな死んでしまう。
だけど怖くて、衝動的に飛び出さないととても思いきれない気がして、今しかないと思った。
「ユラさん!? 何をしているんだ!」
「私が邪魔なんです。私さえ竜巻に巻き込まれたら、フレイさんは助かります」
「バカなことを言わないでくれ!」
よけいにきつく抱きかかえられて、私は心が締め付けられるように苦しくなる。
「君は一度生き残っただろう! なのになんで死のうとするんだ!」
そう言われると、いくじなしの私は行動を諦めそうになる。
でも次の瞬間、飛びトカゲのシッポを竜巻が襲った。
痛みだろう。叫び声を上げた飛びトカゲ。
涙があふれる。その声がつらくて、フレイさんの制止の声よりも痛くて、私はなんとか彼の腕から離れようとした。
でも力じゃかなわない。
その時ふと、前世の『簡単な護身術』みたいな話を思い出した。引いてだめなら押してふいをつくなんてものがあったような。
だから私はフレイさんの腕に、ぎゅっとしがみついた。
わかってくれたのだと安心したんだろう。少しフレイさんの力が緩んだところで、私は滑り降りる様にしてその腕から離れた。
「ユラさん!」
フレイさんが呼ぶ。
でもすぐには手は届かない。竜巻が私を迎えに来たから。
そして再度画面に表示された大きな文字。
《魔力の渦とリンクしますか? Y/N》
私は落下する恐怖に悲鳴をあげながら叫んだ。
「イエス!」
答えると同時に、竜巻に巻き込まれて……私は意識が刈り取られるような感覚を味わった。
※※※
死んだ、と思った。
でもそう思うのは初めてじゃないという感覚がある。そして思い出した。
――やだ殺さないで!
泣き叫んだ『ユラ』を見ている記憶。
見覚えのある黒い服を着ているから、たぶんお祖母ちゃんのお墓の前からさらわれた後なんだと思う。
泣きじゃくって必死な顔をした『ユラ』を取り囲んでいるのは、禁忌の実験をしていたのだろうあの男達だ。
『なぜ起きたんだこの娘は』
『術がかかりにくいのか?』
『それなら有望だ』
実験をしていた魔法使いの一人が、古めかしい剣を鞘から抜いた。
細身の剣は、薄暗い部屋の中、蝋燭の明かりを反射して不自然なまでに白くはっきりと見えた。
『魔女の魂よ宿れ!』
その剣が、数人に羽交い絞めにされた『ユラ』の心臓に突き刺された。
見ていられなかった。
ぎゅっと目を閉じた私に、誰かがささやく。
《大丈夫いきてるよ》
《ぼくたちと生きてる》
《今だってほら》
「今?」




