※団長様の相談できない事情
※リュシアン団長視点です
ユラの茶に付き合うのは何度目だろうとリュシアンは思った。
前回も微妙に失敗したので、ためらう気持ちはあった。でも数日眠りが浅い日が続いたせいなのか、どうしても睡眠欲に勝てなかったのだ。
うなずくとユラがとても嬉しそうに笑う。
誰であってもこうして喜ばれると、そうして良かったと思える。
ただ先にオルヴェの所へ行くことにした。
さすがに女性の部屋にずっといると、余計に気が緩むように思う。
オルヴェの診察室に入ると、消毒のためのアルコールと、薬の匂いが混ざり合った独特の匂いが鼻につく。
少しほっとしながら、オルヴェに先ほどユラが茶を作り上げたことを話しておく。
「もうか。早いな」
オルヴェは純粋に、その速さに驚いていた。
「普通、薬の組み合わせなんぞを、そんなに早く編み出せるものではないだろう?」
「おそらくは精霊と話せるからだろう」
精霊が茶の組み合わせについて、示唆を与えているのだろう。効果についても、作る度にすぐ教えているようだ。
「不可思議だが、それも仕方ないことだとは思っている。ユラになついている精霊というのが、普通は話さない精霊だからだ」
「話さない……団長殿にもですか?」
オルヴェが驚く。
「そんなことがありえますか? 団長殿は精霊王の剣をお持ちだというのに」
精霊王の剣。
その言葉を聞くと、気が沈むのは仕方ない。リュシアンがこうなった全ての元凶でもあるのだから。
「普通なら、ありえない。私に従わない精霊は狂ったものだけだ。だからずっと物言えぬ精霊だとばかり思っていた」
ゴブリンに似た精霊。彼らは狂っているわけではなくとも、どこか変質してしまった精霊なのだと思っていた。だから話せないのだと。それでもリュシアンに従うので、そういうものも長い年月の中には出てくるのだろうと思っていた。
けれどユラは、あのゴブリンに似た精霊と話ができるようだった。
リュシアンはだからこそユラは、彼女だけの能力を持っているのではないかと考えていた。
魔物の会話までわかるというのだから、非常に特殊なのは間違いない。
「なんにせよ、これで警戒線を守ることはできる。原因は探らねばならないだろうが」
「そうですな……。精霊融合と関連があるとしたら、あちらの捜査の進展を待つしかありませんな」
精霊融合の事件は、他の土地でも起こっている節がある。
そもそもそれが精霊融合実験だとわからずに、怪しい集団を調査してみたら、死体が見つかったという形の事件のようだ。
シグル騎士団領の方では、周辺で同じ実験をしている箇所はまだ見つかっていない。
逃げた先が、他の土地で実験していた場所という可能性もあって、国内の広い範囲で拠点を持っているのだろうことだけが推測されている。
「おそらく明後日には、警戒線について決着がつけられる。ユラが必要なものがあると言ったら、申請してくれ。あと薬を頼む」
「用意してありますよ」
オルヴェが渡してくれた小袋を懐に入れた。
「……効きはどうですか?」
「今の所は大丈夫だ」
本当は効きが悪くなっているのだが、オルヴェにもこれ以上強いものは体に悪くて出せないと言われている。なので黙っておいた。
リュシアンはオルヴェの診察室を出て、ため息をつく。
こんなだから、もはやユラの茶で眠るようにするべきかとまで考え始めているのだが。あれで眠ると、誰かに気付け薬で起こされるまで目覚められないというのが厄介だ。
ユラが待っている一階へ降りると、ちょうど茶を用意できたところだったようだ。
「どうぞお座りください」
引いてあった椅子にそのまま座り、茶をもらう。
ユラの話では、すぐに眠るような茶ではなないということだった。でも前回も、ユラの茶で気が緩んで失敗したものの、確かにいつもより薬の効きは良かったのだ。
だからだと自分に言い訳しながら茶を口にする。
あの時は、うっかり髪に触れてしまった。でもあのくらいなら、自制しておけば問題ないはず。それより睡眠不足で、判断力が落ちる方が恐ろしい。
……その方が、とんでもないことをしそうな気がしたのだが。
茶の一口で、気づかないうちに気が緩んだらしい。
ユラに茶の味を尋ねられて率直に答えたが、ユラはちょっと驚いた顔をしていた。
そのユラをずっと立たせておくのも気が咎めて、座らせる。
彼女は討伐者として雇い、これから精霊を鎮めて戦闘を未然に防ぐという成果を出そうとしているのだ。王都の実家にいる召使いと同じように扱うのはおかしいと思ってのことだった。
その後ささいなことを話したが、その過程で精霊のことも話していたのだが……。
精霊が頭の上に乗っていたらしく、指摘されたリュシアンはそれを払おうとした。精霊はちょっと払ったところで怪我などしない。
けれどユラも精霊をよけようとしていて、彼女の手を掴んでしまった。
この時ようやく、リュシアンは自分が恐ろしく気が緩んでいるらしいことに気づいた。
どうしてもその手を離せない。
けれど女性の手で思い出すのは、どうしても祖母のことだ。
リュシアンの唯一の味方。誰もに見捨てられた自分の手を離さなかった人。
彼女の手を繋いでいると気持ちがゆらいで、祖母のことを話していた。
同じだと言ったユラに、ほっとする。
少なくとも手を繋ぎ続けても、ユラは嫌だとは思っていないようだった。だからそのまま甘えてしまったのだと思う。
この年で年下の女性に甘えているというのに、あれこれ苦悩しなかったのは、もしかしたらユラの茶のせいだったのかもしれない。
それから自室に戻ったが、この日は薬を飲み忘れたというのに、自然と眠ることができた。
目を閉じれば思い出す怨嗟の声も、血まみれの人々も、手を握った感覚を思い出すと薄れていき……気付けば朝になっていた。
「…………」
眠れたことはいい。
薬も使い続けることをオルヴェに危惧されていたので、これでやめられる方法がわかったとも言える。しかしだ。
寝台を降りたリュシアンは、着替えた後で部屋を出ようとして立ち止まる。
自分の手を見て、それから近くの壁に自分の頭をぶつけてみた。
それから部屋を出たら、既に来ていたらしいイーヴァルがぎょっとした顔をしていた。
「リュシアン様、すごい音が聞こえましたけれど何か倒したのですか?」
「いや……。そうだ。少し物を倒しただけだ」
本当は、頭でもぶつけなくてはとてもではないが平静でいられなかったせいだ。
でもイーヴァルに知られれば、うるさくなることは確実だったので、黙っておく。
……気が緩んでいたにしても女性の手を握ったままにしたり、口説き文句さながらのことを言ったなどと知られるわけにはいかない。
ただ、と思った。
これからユラのあの茶を頼もうと思うが、できれば持って帰り、自室で飲むことにしようと思った。




