導きの樹の精霊のためのお茶 2
「フレイさんて少し精霊に詳しいんだな……。あの団長様の側にいるせいかな」
なんてことを思いながら、私は一度お茶の作成を中断した。
今日もお仕事に来ているヘルガさん達と、午後三時の休憩をおしゃべりで満たした。
ヘルガさん達が片づけなどをしている間にお風呂に入ったら、また続けてお茶を作る。
とにかく何でも混ぜていった。
レモンだったり、ミントだったり、目が覚めそうなものを。胡椒を多めにしてみたけれど、効果はそのままだった。
「どれもパッとしない……」
そう思いながら、林檎を入れたお茶を作った時だった。
ぽわんと、湯気の中からゴブリン姿の精霊が現れた。
彼は親指を立てて手を握って『グッジョブ』の仕草をしてみせた後、いつだったかと同じように、周囲の湯気を丸めて投げつけて来た。
「まさか!」
避けそうになるのを我慢して、湯気に当たる。
そのせいか今回は顔に直撃した。でも湯気だから痛くないし、ふわんとあったかいだけだった。
そして出しっぱなしの画面に、文字が表示された。
《お茶の作成能力上昇により、上位効果のお茶の材料が予測できるようになりました》
「きたあああああああ!!」
これ、これを待っていた!
チャンネルGとかも結果的に助かったりしたけど、こっち大事。材料が予想つくとかとてもいい!
私は急いで《覚醒っぽいお茶(中)》を作った。この上位なら(強)にはなる。(強)を作ったら、確実に覚醒するものの材料がわかるはずだ。
かくして《覚醒っぽいお茶(中)》を作成。ステータス画面に表示されたお茶の文字の横に【!】のボタンが出たので、指で触れる。
すると出て来たのが、
「え、ハチミツ?」
私は目をかっぴらいて何度もその文字を見た。
《ハチミツでパワーアップの予感!》
しかも予感ときた。本当にこれより強い効果になるんだろうか。
不安だったけど、この文字以外に頼れるものはない。私は粛々と《覚醒っぽいお茶(中)》にハチミツを小さじの半分くらい入れてみた。
……胡椒入れると、味的にあまり甘くない方がいいかなと思って。
するとどうだろう。
《覚醒っぽいお茶(強)。効果時間3時間。狂った精霊を覚醒させられるかもしれない。スキル練度+25》
「強になった! てことはハチミツでカモミールの効果を強化したとか?」
やさしく+心穏やかになることで、覚醒を受け入れやすいとかそういう感じ?
とにもかくにも【!】ボタンが出ているので押す。たぶん次で、ちゃんとした覚醒のお茶になるはずだ。
けれど表示された言葉に私はますます困惑した。
《対象者の物理と魔法の防御力を上げよう!》
「なんで? 覚醒するのって、そんなに守備を固めないとできないものなの?」
よくわからないけれど、物理と魔法の防御力といえばあれだ。
私は渋くなると思い、お茶の葉を上げ、乾燥したリンゴとレモンを投入した。しっかりと味が溶けだすように一度かき混ぜ、三分ほど待つ。
これでリンゴとレモンの効果は+されたはず……と思ったところで、紅茶から今まで以上の気泡が湧き出た。
「今まで微炭酸だったのが、強炭酸になったみたいな!?」
しかも泡がはじける時に、うっすらと金色の光が散る。
……間違いなく、何か紅茶が変質してる。
私は恐る恐る、ステータス画面で確認した。
《解除のお茶:対象の状態変化を解除。スキル練度+30》
「解除のお茶……状態変化を?」
もう【!】ボタンは出て来なかった。おそらくこれが、混乱の精霊を元に戻せるお茶なのだと思う。
けれどお茶の名前に、私は疑問を感じた。
混乱の精霊になったのは、恨みとかそういうのを感じて変化したんじゃなかったの? 状態変化を解除ということは、第三者の力で変質したとしか思えない。
精霊を変化させるほどのもの。考えられるものは私には一つしか思い浮かばなかった。
「これも、精霊融合実験の何か影響をうけているとか?」
現に、私にも導きの樹が使われていたのだ。精霊達がその影響で変質したのだと考えれば、納得できる。
とにかく最終的な材料をメモに書きとめる。
材料ミリオルトの実3粒。胡椒3粒。導きの枝1カケラ、カモミール少々、乾燥レモン、乾燥リンゴ。基本の紅茶。ハチミツ半匙。
「あとは精霊に……お茶を飲ませよう」
その時には立ち合ってもらいたいので、団長様を呼んでくれるようにオルヴェ先生に頼むことにした。
ちょうど夕飯の時間だったので、指定の場所に届けられた食事を、オルヴェ先生のところへ運びがてらお話する。
「先生。問題のお茶ができましたので、団長様に確認してもらいたいんですが、お呼びすることはできますか?」
「もう出来たのか! まだ二日だろう?」
あ、そういえばお茶を俺は作る! と言い出して二日ぐらいしか経ってない。それもこれも、あの素敵なステータス画面のおかげだ。
「はい。でもこれ以上のものはたぶんできないので、精霊に使ってみようと思うのです。そこに、精霊が見える団長様に立ち会っていただこうかと」
「わかった。団長じゃないと確認できないだろうからな」
オルヴェ先生は、ごはんを食べるなり団長様を呼びに行って下さった。
そうしてすぐに団長様がやってきた。
急いで来てくれたみたいで、銀の御髪がちょっと乱れている。
「茶が出来たと聞いたが?」
「はい。それで確認していただきたいので、宜しくお願いします」
と言っている間に、オルヴェ先生は結果を教えてくれと言って、診察室に引っ込んだ。
精霊が見えないと意味ないものね……。
「お茶は用意してあるので、どうぞ」
と言って、私は自室に案内する。精霊が逃げないように机の上に隔離しているから、そうするしかない。
団長様が部屋に入る前、不自然に一度立ち止まったけれど……。いや、その。気にしてないよね? この間のこととか。
自分にそう言い聞かせないと、平然としていられない。
とりあえずそっと深呼吸して、机の上でまだ「争え……」と言っている精霊を見つつ、ステータス画面を展開。お茶を淹れたカップを持ち上げる。
「これが精霊を元に戻せるお茶です」
解除のお茶、という名前は言えなかった。……自分だってどう説明していいのかわからないし。
「では、始めてくれ」
団長様に言われて、私はそっとカップの中身を、精霊が入っているカップに注いだ。
効果は、覚醒っぽいお茶とは全く違った。
混乱の精霊がお茶に浸ったとたん、カップから気泡と一緒にぶわっと金の輝きが湧き上がる。金粉が風で舞い上がったみたいな光景だ。
その魔法の輝きに、一気に精霊の姿が塗り替わる。
最後に金の輝きが精霊に集まっていくように動き……。
ぼんやりとした表情の、導きの樹の精霊が姿を現した。




