導きの樹の精霊のためのお茶 1
「まず基本のお茶。それにミリオルトの実、導きの枝は必須。この他に付け加えるなら……絶対胡椒だよね」
というわけで胡椒を入れて作ってみた。
あったかい紅茶に粒そのままの胡椒を二粒くらい入れてつくると、少しスパイシーな感じのお茶になる。わずかに苦味があって、大人のお茶といった感じ。
それが炭酸ぽいのと合わさるとどうなるかなは気になるけど、まずはステータス画面でチェック。
《目が覚めるお茶。対象者の目が覚める。スキル練度+20》
「あれ。覚醒作用が助長されない」
導きの枝の作用が入っているもの全てに作用するなら、覚醒作用があるものを入れたら完璧だと思ったのだけど。効果(中)にすらならなかった。しかもスキル練度が低い。
「うーん。元の覚醒っぽいお茶に足してみるか……」
飲んでみたら、味はそう悪くなかった。
なので次は、覚醒っぽいお茶レシピに胡椒を投入する。
「あ、効力上がった」
《覚醒っぽいお茶(中)。効果時間3時間。狂った精霊を覚醒させられるかもしれない。スキル練度+25》
「でも効果時間も変わってないし、あくまで「ぽい」なんだよねぇ」
確実に効果が出るものじゃないと、昨日お茶を使った時みたいに、すぐ戻ると思う。効果時間ってそういうことだよね? だから名称も「ぽい」がついてしまうんだと思う。
完全に目覚めるわけではないから。
「うーん、やっぱり色々試すしかないか……」
つぶやき、新しいお茶を作るために茶葉を作り始める。果実やカモミールや胡椒は煎ったりする必要はないから、基本の紅茶を沢山作っておこうと思ったのだ。
さっきみたいに、オルヴェ先生のところにきた患者さんが「飲みたい!」って言うかもしれないし。
踊るトカゲとゴブリン姿の火の精霊の上で、焦がさないように一生懸命フライパンを振るのを繰り返す。
一缶分を終えたところで、
「お疲れ様」
いつの間にかテーブルの前に座っていたフレイさんに言われて驚いた。
「ひゃっ、いつ来たんですか!?」
「さっきだよ。声はかけたんだけど、真剣にフライパン振ってて気づかなかったみたいだから、勝手に座らせてもらったよ」
「あ、はい……」
応じた後ではっと思い出す。フレイさんにもからかわれたことを。
しかし団長様もそうだったけれど、フレイさんはあの買い物の前後だって普通だった。そうされると、自分だけ慌てているのも何か変なきがしてしまうもので。
まぁ、前世でも意識せずに口説き文句を口にする人っていたよな……と思って肩の力を抜くことにする。口説き文句と言えば、さんざん会社のおじさんにからかわれたことを思い出したのだ。それと同じように思えたと話したら……フレイさんが傷つきそうだな。
「何かお茶をお出ししますか?」
私の様子を見に来たのだろうと思うので、お茶をすすめてみる。お茶の能力があるとわかってからも、合間にフレイさんが様子を見に来るのは継続していたので。
「これは飲めないのかい?」
とフレイさんが指さしたのは《覚醒っぽいお茶(中)》だ。え、それ飲みたいんですか?
「一応飲めなくはないです。ただ……精霊用なので、あまり味の方は気にせず作ってるんですが、大丈夫ですか?」
しゅわしゅわするお茶で大丈夫ですか? 出す前に冷やしますけど。私はあたたかいまま飲んじゃいましたけど。
フレイさんはむしろ楽し気に微笑んだ。
「だから面白いんだよ。精霊用のお茶がどんなものか、興味があるんだ」
……この騎士団の人って、新しいもの好きすぎないだろうか。
団長様しかり。ハーラル副団長さんもそうだった。伝統? 類は友を……の方?
「わかりました。ちょっと苦味がある感じですけど」
そう言って、私は冷蔵庫の氷の魔法の棒を取り出した。二本の棒をカップの側に置いて一分ほど経つと、カップも冷たくなって滴がつくほどになった。こうなれば、中身のお茶も冷たくなっている。
「フレイさんどうぞ」
差し出したカップを受け取ったフレイさんが、目をまたたいた。
「今日は冷たいお茶にしたんだ」
「炭酸になっちゃうんですこのお茶。だから冷たい方がいいかと」
「なるほどね」
そう言ってフレイさんがお茶を飲む。
「あ、炭酸でちょっと辛い。でも辛いのは炭酸に合うかもしれないね。不思議だな……精霊用のお茶って」
「まぁ、人が飲むことを想定して作っているわけではなくて、効果優先ですから」
「精霊が効果は教えてくれるって言ってたね」
「ええ、はい……」
そういえば、そういうことになっていたか。ステータス画面のことなんて説明できないから、そのままにしておく。
「君は精霊ととても仲がいいんだね」
仲がいい。そう言われて、私はなるほどと思った。
混乱の精霊はいつだって「争え」しか言わないけれど、ゴブリン姿の火の精霊も水の精霊もいろいろ教えてくれる。たぶん、これは精霊さんと仲良しと言っていいのではないだろうか。
「……そう、ですね」
うなずくと、フレイさんが変な顔をした。
「違うのかい?」
「いえ。今まで仲良しっていう単語が浮かばなくて」
なんというか、精霊ってゴブリン姿のものはたいていみんな同じ顔をしているし。こう、個体識別がしにくいせいなのか、○○精霊さんと仲良し! という発想が思い浮かばなかったのだ。
「みんな同じ姿なので」と言うと、フレイさんも納得したようだ。
「今度から、名前でも付けてみようかと思います」
火の精霊のゴブリンはファイヤーくんとか。水の精霊のゴブリンはウォーターさんとか。
「精霊に名前をつけるのかい?」
「だめですかね? 勝手に呼ぶだけなんですけど」
「それなら大丈夫かな? 名前をつけたいと言うと、怒る精霊もいるっていうからね」
「そうなんですか?」
転生してから見た絵本では、英雄や王女様が友達の精霊に名前をつけて契約を結ぶとか、親友になるなんていうものもあった。だから名前は友情の証なのかと思っていたけれど。
「別の名前を持っているのに、他所の人から『今日からお前の名前はフライパンだ』なんて言われたらいやだろう?」
確かにそれは嫌だ。私はものすごく納得した。
ファイヤーくんは、心の中だけで呼ぶことにしよう。
フレイさんはお茶を飲むと「特に問題はなさそうだし、頑張って」と言って立ち去った。




