予想外の所に波及しました
気にし過ぎと思いつつも頭から離れなくて、その日はぼんやりしたまま眠ってしまった。
翌朝はさすがにこれじゃだめだと、自分の頬を叩いて行動した。
……叩く力の加減を間違えて、けっこう痛かったけど。
あげく赤くなっちゃって、朝食を運んだ時に、オルヴェ先生に驚かれてしまった。
「どうして自分でそんなことをしたんだ? さっくり治してやるから診せろ」
寝癖でちょっと跳ねたツンツンしている赤い髪をなでつけ、オルヴェ先生は私を目の前に座らせる。
先生はご飯も診察室で食べているので、患者用の椅子がすぐ側にあったのだ。
「はい……。あの、気持ちがしゃっきりするかと思って」
理由を誤魔化して答えたら、オルヴェ先生が心底かわいそうなものを見るような目をした。
「普通は赤くなるほどやらないものだが」
「なんかこう、痛みがないと目が覚めないかなと」
思ってやり直したら、やりすぎたわけです。たぶん頭が回っていなかったんだと思いますです。
「五秒だけ我慢しろ」
そう言って、オルヴェ先生が頬に触る。ぴたんと指を触れた後で先生がつぶやく。
「生命の光、恵みの滴、流れよ……」
顔の下に光が見えた。オルヴェ先生の治癒魔法だろう。
普通の魔法って、呪文を二、三節となえると発動するらしい。私のは言葉要らずなので、むしろ精霊のおかげ魔法な感じかなと、先生の魔法を見ていると思う。
「よし引いた。さすがに頬だけ赤くして面白すぎる顔だったからな。お前みたいな年齢の娘にはそのままってのは嬉しくないだろう」
先生はとても配慮してくれる人だし、体育会系の先生が白衣着ているような感じの爽やかで頼りがいある感じで素晴らしいのだけど、時々おいおいってことを言うのだ。
「面白すぎましたか?」
「雪遊びして帰って来た子供みたいだったな」
あっさりと言われて私は、あちゃーと顔を覆いたくなる。
それは恥ずかしい……。鏡見たときもぼんやりしてたか、その後さらに赤くなったかのどちらかだろうけど、そんな風になっていたとは。
「ここに来る騎士様達に、笑われる前に治して下さってありがとうございます」
お礼を言うと、オルヴェ先生はそうだろうそうだろうとうなずく。
私は午前中、オルヴェ先生のお手伝いを続けている。
延々とお茶を作り続けたあげく、お腹がたぷたぷになるまで飲むのも体に悪いと思ったのだ。
だけど。
「あ、ユラさんだ。うわさのお茶ってどんな味?」
「先生、怪我したらお茶が飲めるって聞いたんですが」
なんて、お茶を飲みたがる患者さんが増えた。なぜだ。
でも紅茶愛好家が増えるのは私の本望だ。みんなで紅茶を飲もうじゃないかと常々思っている。……今の所、紅茶作ってるのは私だけなので、紅茶を大量生産しないと沢山の人に飲んでもらえないのだけど。
オルヴェ先生が困った顔で「あー、きっと副団長殿のせいだな……」とつぶやいた。
「え、副団長さんがですか? なぜですか?」
「団長となんだか和解したんだろう? そのきっかけが、お前のお茶だって言ったらしいんだよ」
「……え」
「そんなお茶なら飲んでみたいって、話が広まったらしくてな。今までお前のお茶のことをあんまり知らなかった奴にまで知れ渡ったんだ」
私は口をぽかーんと開けて呆然とした。まさかそんなことになっていたなんて……。
でもまず考えるべきことは、
「お茶、出した方がいいですか?」
「お前さんの今後の騎士団での生活のことを考えると、友好関係を保っていた方がいいかと思う」
作ってオッケーってことですね。
というわけで、私はとりあえず気力回復のお茶をふるまった。
飲んだ騎士様達は、物珍しそうに味わったりして、でも最後には笑顔で手を振って帰って行った。
おおお、好評じゃないか紅茶。
でもオルヴェ先生は、ちょっと悩むような表情をした。
「今ので五杯か。後々こんな奴が増えるようなら、お前の自腹だけで茶を出させるのは問題だな……。一応団長に、給料とは別に補助が出る様に話しておく」
「ほんとですか!?」
もはやお茶研究と人に淹れるのは、予めもらうと決めたお給料の中に含まれるものだとばかり思っていたので、びっくりした。
「このまま続けば、店を開いているのと変わらないだろ? それに昨日頼まれたカップのこともある。研究とやらをするにも、それなりの量を使うのなら、やっぱり補助が欲しいだろう」
私は両手を握りしめて、オルヴェ先生に深く頭を下げた。
なんてすごい配慮してくれる人なのだろう。神様だ……。たまに失礼なこと言うのは、未来永劫まで先生限定で聞かなかったことにします。
というわけで、補助まで出ることになって私はウハウハな気分になった。
午後から頼んでいたカップを10個届けてもらったところで、いざ紅茶を作成していく。
作るのは、昨日考えていたもの。
「まずは胡椒、ジンジャー、レモン、ミント……」
四種類のお茶を作り、効果を調べて行く。
《胡椒ティー:炎耐性がつくが、飲むと目が冴える。スキル練度+15》
《ジンジャーティー:氷耐性がつく。スキル練度+15》
《レモンティー:魔法防御力上昇。スキル練度+10》
《ミントティー:素早さ上昇+5。スキル練度+10》
「胡椒のお茶がちょっと変な効果だけど。目が冴えるならオッケー」
メモに、使えるものをメモ。意外にレモンティーは目が覚めないけど、冴えるほど酸っぱくするのは問題なような気もする。紅茶として。
その後もいくつかの材料を試してみて……自分が昨日、想像したもので出来そうな気がしたので、さっそく作ってみることにした。




