翌朝は混乱からはじまる
「うおぉぉぉぉぉ」
私は頭をかかえた。
思い出してしまったのだ、衝撃的なことを。
団長様に慰められて、額にキスされた……ぽい。
「何してるのわたしぃぃぃぃぃ」
こっぱずかしさのあまり、布団の上でうずくまって震える。
だって団長様があんなことしたの、絶対私がぐずったせいだし。というかなんであんな子供みたいなことを!
恥ずかしさで暴れたくなる。何度か寝台にごんごん頭をぶつけた。
だけど寝台を壊したらまずいから、三回で止めた。おでこ? そんなにまだ痛くない。私って石頭かもしれない。
「そんなことより、ごめんなさいごめんなさい」
二十歳も過ぎた地味女に、寂しいとかすがられて、さぞかし迷惑な気持ちになっただろう。泥酔した人間に絡まれたレベルでめんどくさかったはず。
……申し訳ない。私、もう団長様の顔を真っ直ぐ見られないかもしれない。
「でも、なんであんなことしたんだろ」
魔力を移すのって、額に……する必要があるものなんだろうか。
「だから謝ったのかな。きっとそうだよね……。じゃなかったら、団長様があんなことするわけないし。『後で思い出しても、忘れろ』っていうのは、そういうことじゃないかな」
それだけなら、私も疑問には思わなかった。
団長様が最後に、『必ず守る』とか、『いつか守ってくれる誰かを選ぶまでは』なんて妙なことを言わなければ。
思い出すと、額のことよりもドキドキしてくる。
むやみに暴れたい。
だって、ものすごくこう……相手を思っていなかったら出て来ないと思う台詞だから。自分が言うとしたって、仕事上守らなくちゃいけない相手か……。
「んん?」
お世話になった人には言うかも? 必ず守る、ぐらいは。
私にそれだけの力があれば、危機的状況で守らなくちゃならない時には言うだろう。
「こんなに恥ずかしいのは、次の台詞が問題?」
いつか守ってくれる誰か。
「誰かってどういうこと……」
特定の人、ということだと思う。
守ってくれるような特定の人といえば家族だろう。でもお祖母ちゃんがいなくて、私が天涯孤独だということは団長様も知っている。
だとしたら、新しい家族か家族候補という話だろうか。私が結婚できそうな相手を得られるまでってこと?
少しだけ胃の辺りがキリ、と痛むような気がした。
なんで傷つくのかわからない。団長様に、自分の結婚についてまで心配されたのが嫌だったのか、申し訳なかったのか?
そんな私の側で、混乱の精霊が手を叩いて喜んでいた。
一体何を喜んでいるのかと思って画面を呼び出した。
《混乱の精霊:もっとこんらんするがいい♪ くすくすくす♪》
ブレないなー。
あまりのブレなさに感心して、私は少し恥ずかしさで溺れそうになったところから脱した。
しかしこの精霊、私の混乱理由を感じているの? それとものたうつ様子を見て喜んでいるだけ?
「…………」
判断がつかないので、とりあえずミルクティーで眠らせることにした。
精霊が入っているカップにミルクティーをそそぐと、瞬殺で眠ってしまった。
《混乱の精霊:ふにゃー。こんらんしてるぅー、うふふ》
かなりご機嫌な様子の寝顔だ。
しかしいい香りだ。後日、どうにかして紅茶の効果を打ち消して、普通にミルクティーが飲めるようにしたい。眠る前なら、オレンジミルクティーが飲めるのだけど。お昼だって飲みたいから。
「でもまずは、問題の対策のお茶をどうにかしないと」
いつまでも団長様のことを考えていても仕方ない。
混乱の精霊のおかげで、ようやくそう踏ん切りをつけられた私は、作るべき紅茶のことについて考える。
必要な条件は、精霊を追い払うか周囲の人や魔物を混乱させないようにすること。
「お香みたいに作るより、本当は精霊に飲ませられればいいんだけど」
精霊ってお茶飲むのかな?
でも紅茶に浸ってると眠るんだし、触れると効果があるってことは……。
「空中から散布?」
畑に薬を散布する光景が、私の頭に浮かんだ。
飛びトカゲの上から、みんなにじょうろで撒いてもらうような感じとか、できないかな。
と、そこで散布するだけでは難しいことがわかる。効果が一定の時間しかないのだ。三時間では、またすぐに森の状況は同じになってしまう。
「精霊の気持ちを変えさせるしか……」
根本的なことを言えば、そういう紅茶を作るのが一番だ。
ただ、精霊の魔力から作り出した枝。元は混乱の精霊が宿っていた樹だというものを入れたところで、すぐに望むような効果が出るものだろうか。
「実験……。もっと色んな種類で実験するしか……」
ステータスを呼び出せば、お茶の効果はわかるのだから、沢山作って、有効そうな効果のものを探すしかない。
そして上手く作れたら……。
ちらっと眠る混乱の精霊を見る。
この精霊も、元に戻すことができるだろう。
そうして私は朝食後に、町まで材料に使えそうなものを買い出しに行くことにした。
それを相談しようとしたら、赤髪のオルヴェ先生に心配そうな表情をされた。
「昨日、団長からユラの体調を気を付けてやってくれと言われてな。魔力を使いすぎたかもしれないって、茶のせいか?」
「え、あ……はい」
お茶にかかわることではあるので、うなずいておいた。
本当は団長様に魔力を引き出されたせいなんだけど、たぶんそれを話すと……どうやって魔力を戻したのかとか、色々聞かれたりするだろうという配慮なんだと思う。
団長様も話しにくいだろうし、私も言いにくい……。
「今は何ともないのか?」
「大丈夫です。一晩眠ったら回復したみたいです!」
私は元気っぷりをアピールするため、ばんざーいと両手を挙げてみせた。
それでもオルヴェ先生は不安だったらしい。
「せめてフレイを呼ぶから、連れて行ってもらえ。特にお前は、戦闘能力はないわけだから」
そう言われて、巷で『ユラ係』と呼ばれているフレイさんが呼ばれることになってしまったのだった。




