精霊の魔力
ここに精霊を置き去りにして、管理するのは難しいのはわかる。
ヘルガさん達も出入りするものね。
眠らせ続けるために、ミルクティーを与え続ける必要がある以上、私が管理することも当然だろう。
ただ、ちょっとためらいを感じるのは仕方あるまい。自分の部屋に、団長様を招待することになるのだから。
でも精霊を消滅させたくないと頼んだのは自分だ。
私は茶器を片づけ、精霊を掴んだままの団長様を先導する形で部屋に向かう。
空のカップを一個持って。
「ど、どうぞ」
鍵を開けて団長さんに部屋に入ってもらおうとした。
紅茶にかまけるあまりに、あまりあれこれと部屋をいじったり物を増やしたりしていないので、それほど荒れてはいない。
だけど案内したのに、団長様がなかなか部屋の中に入らない。
何か変だなと思って自分の部屋をのぞくけど、あまり女の子っぽくない簡素な状態にしか見えない。これならそう問題はないはずだ。
「どうされましたか? 何かとんでもない精霊でもいました?」
団長様がためらうなんて、そんな理由ぐらいしか思いつけない。そう思って言ったら、団長様がややうろたえた。
「いや、そういうわけでは……その。意外に物がないのだなとは思ったが」
そうしてうろたえられると、こっちもちょっと、気恥ずかしさが増す。
とりつくろうように、私は『何も考えてませんよ!』というように行動してしまう。
「お引越ししたばかりですし、紅茶のことで頭がいっぱいで。あ、そうだ」
机の上に放置してた、紅茶やゲームについての書つけをしまう。
「たぶん精霊は、このあたりに置いた方がいいんですよね?」
作業を済ませることを優先しましょう! と強引に話を進めると、団長様もうなずいた。
「あ、ああ……」
そうしてようやく団長様が部屋の中に入って来た。
ごく無意識にだろう、団長様は扉も閉じてしまった。
あ、と言いそうになったけど、寸前で止めた。
団長様だし、一緒にいるのは私なんだし、何が起ころうはずもないのい意識しすぎだ。
何より団長様の手の中には、ぐっすりと眠る精霊がいる。
精霊は眠っていると、とても無垢な子供のように見えた。その顔を見ていたら、やっぱり消滅させる方法よりも、こうして眠らせてでも存在を消さない方法を選択して良かったと思える。
「まずは……精霊を閉じ込める。誰にも憑りつかないように」
そうして団長様は、空のカップを受け取ってそこに精霊を入れると、私の机の左隅に置き、その周囲に指先で円を描く。
「この場所から出ることを禁ずる……」
呪文のようなものを団長様が唱えると、カップを中心に、半球状の白い靄のドームが出来た。
「ここに人の手は出入りできる。けれどこの精霊は出られないようになっている。起きてもそれは同じだ。ただ、起きた後で精霊がどんな力を使うかはわからない。できるだけ眠らせておくことをすすめる」
「わかりました。ありがとうございます」
深々とおじぎをした私に、団長様はため息をついた。
「礼を言う必要はないというか……。これから精霊の代わりをしてもらわなければならないんだが、本当にいいのか?」
「はい、二言はありません」
きっぱりと言いきってみせたものの、でも何をするのかはとても気になる。
「でも精霊の代わりって、何をするんです?」
「するというより、お前の中の精霊の部分を引き出すことになる」
「精霊の部分?」
「融合させられただろう? この眠っている精霊の言うことから考えるに、精霊が元としていた植物が、おそらくは精霊ごと融合の禁術に使われている」
「あ……」
だから、懐かしい匂いがするとか言っていたの?
私と融合させられてしまった精霊の、匂いがするから?
「その精霊の力をお前の中から引き出す。できれば血、髪なんかが最適だろう」
「髪……どれくらいですか?」
言われてすぐに思いついたのは、髪を切ることだ。
「先から指一本分くらいか」
それなら問題ない。今の髪の長さは腰近くまである。
「髪でお願いします」
「……まずは、本当に髪でどうにかなるのかを試させてくれ」
言われた私は「指一本分てこれくらいかな?」と、数本を適当にハサミで切って団長様に渡す。
それを手にした団長様は、何事かをつぶやき出す。
すると団長様の手の上に乗せた髪が、キラキラとした白い結晶の粒に変わった。その粒からだろう、ふわんと濃い百合のような香りが漂って来る。
「一応取り出せるようだな……予想よりも少ないが」
「あの、これは?」
「精霊の魔力というべきか。お前の中に溶け込んでいたから、髪からそれを取り出した。だが精霊の方が存在自体は強い。魔力の塊みたいなものだからな。それで髪を形作る物質が、精霊の元となる物質に変質してしまった」
「髪から魔力を取り出したら、精霊の力で結晶になったと」
わかりにくいのでまとめると、団長様がうなずいた。
「しかし、思ったよりも量が少ない。お前の実験と、教会にやる分とを考えると、必要量を取り出そうとしたら、お前の魔力も少し引っ張られるかもしれない。ふらつく可能性があるから、椅子に座った方がいいだろう」
勧められた私は、素直に腰かける。
この時の私は、なんとなく献血みたいなものかなというイメージで、団長様の行うことを理解していた。
すると、団長様が背後から私の髪に触れた。さらりと動く髪の感覚で、それがわかる。
なんだかくすぐったくて、団長様に髪にふれられていることが、なんだか恥ずかしくなる。
でも必要があって髪をさわっているだけだから。
ちょっとだけでも短くなるのなら、団長様は臨時美容師さんみたいなもの、と自分に言い聞かせた。
「では始める」
そう団長様が言った一拍後に、ふっと後ろ頭を引かれるような感覚と、するりと水のように何かが体の中で動いたような気がした。
出来事としては、ほんの一瞬だったんだと思う。
一秒後に、団長様が「無事に終わった」と言って、濃い百合の香りが漂ってきた次の瞬間。
「ユラ?」
麻酔をかけられたみたいに、私は眠り込んでしまった。




