事情聴取も紅茶で
《混乱の精霊:ふわー、みんなあらそえばいーのよー》
酔っぱらった人みたいにふわふわした口調ながら、でもそれだけみたい?
ただ前よりは、混乱の精霊も心に余裕がありそうな様子。せっぱつまった感じがなくて、少し他の精霊達と同じような、可愛い感じになった。
ただ、団長様は呆れた顔をして精霊と私を見比べた。
「非常識な茶だな……」
う、確かにそうなので、ぐうの音も出ない。
普通精霊って、お茶に触れたりお酒に触れたからって酔ったりするものじゃないから……。火の中にいたって平気なんだよ?
それ言ったら、精霊を捕まえてあれこれしてた団長様もじゅうぶんに非常識だと思うの! ただシリアスっぽいから、何かすごい背景があるのかもしれないしって思って、非常識だとは思わないだけで。
そんな気持ちが私の目にこもっていたんだと思う。団長様が、ため息をついて視線をそらした。
……ちょっと勝った気がした。
ちなみにハーラル副団長さんはそれ以前の問題だった。精霊が見えないこともあって、ぽかーんとしている。
たぶん、さっきの精霊から出たエフェクトぐらいは見えたんだと思うけれど。
数秒で気持ちを立て直したらしい団長様が、精霊に質問を再開した。
「なぜ争えと言う?」
《混乱の精霊:気にくわなーい。ほろんじゃえ》
言い方は軽いけど、やっぱり物騒だ。
「何を恨んでそうなった」
《混乱の精霊:人間がわるいのー。ぜんぶ人間のせいー》
混乱の精霊は暴れようとして、カップの中で尻もちをつく。腰までお茶に使った状態で、そのまましくしく泣き出した。
団長様はそこで質問を変えた。
「お前は何の精霊だ?」
《混乱の精霊:……溶かされたもんー。たくさん、たくさん、ひどい》
ひどいと言いながら精霊が泣く。
その姿は、子供が泣きじゃくっているようにしか見えなくて、とても気の毒になる。
ものすごく同情したところで、ふっと混乱の精霊が私を見た。
《混乱の精霊:じゃあ、代わりにあらそわせて? 溶かすことなんてーおもいつかないようになるわー》
私の心を読み取ったみたいなことを言った。
そうしてお茶からふらふらと飛び上がる。羽もないのに宙に浮く様は、とても不思議だけど、そんなこと悠長に考えている場合じゃない。
《混乱の精霊:ああ、あなたから懐かしい……におい……》
ふらふらと寄って来る混乱の精霊に、私は一歩退いた。うっかりハーラル副団長さんみたいに憑りつかれちゃ困る!
でも追いかけてくる精霊に困っていたら。
わしっと団長様が精霊を手で掴んだ。
「そこまでだ。……そしてだいたいわかった」
団長様には、今のやりとりでこの精霊が元は何だったのかがわかったようだ。すごい。さすが団長様。
けれどそこで団長様が、少し困ったように言う。
「わかったはいいが、こいつはどうするか……」
そして私の方を見る。
あ、その視線。精霊に拷問まがいのことをするって言った時と同じですね。ということは、そのまま消しちゃうの?
「あの、ダメって言っても大丈夫……ですか?」
軽々しく止めるわけにもいかない。だって、団長様にも消す以外の方法がないのかもしれないから。そして今現在、この精霊を元に戻す方法もわからないのだし。
だから尋ねるような言葉になってしまったのだけど。
団長様は言った。
「この精霊を解放することはできない。ただこれだけ効くのなら、解決するまでお前の茶で隔離するか眠らせ続けることはできるだろう。その場合には、私が考えていた香の材料が手に入らなくなるだろう」
「材料が?」
この精霊に属するものを、探しに行くのではないだろうか。
「おそらくこの精霊に属するものは、おいそれと大量に手に入れるのは難しい。だからこの精霊を分解する」
「分解って……消すんですか?」
「意思ある存在ではなくなるな」
端的な団長様の返事に、私はうつむいた。そこに、一つの選択肢が投げかけられる。
「だが君なら代われるが、どうする?」
「私が、代われる……」
私は混乱の精霊を見た。まだ紅茶の効力の中にいるせいか、ふわーっとした表情をしていた。
《混乱の精霊:もーやだーあらそえばーいーじゃなーい》
と言い続けている。
そして私はかまどの方を見た。
そこから顔をのぞかせたゴブリン精霊が、涙をためたような目でこちらを見ていた。
う……。だめ。こんな顔を見ちゃったら、選択の余地なんてない。
「私が代わります。それでいいです。消さないでいられるのなら、それで」
そう言うと、団長様はうなずいた。
「お前ならそう言うだろうと思った。それなら、まずはこの精霊を隔離する。眠らせる茶を淹れるといい。……そしてハーラル」
放置されていたハーラル副団長さんの名前が呼ばれる。
「はい団長殿」
「お前についていた精霊は引き取った。安心していい。後日、混乱の精霊を追い払う行動を起こすことになるが、その時は陣頭に立ってもらう。今日はもう帰っていい」
「承知いたしました」
ハーラルさんは精霊を引き取ったと聞いたとたん、ほっとした表情になって部屋を出て行った。
そして団長様は、私がお茶を作るのを待ってから、一度ミルクティーに精霊を浸け、眠らせてから摘まみだした。
「ここに精霊を置いておくわけにはいかないからな。悪いがお前の部屋を借りて処置をする」




