精霊を追い払う方法
「本日はどのようなご用事で?」
両手をもみながら尋ねる姿を、どこかで見たことがあるような気がした。
まるでこう……時代劇で「先生、今日はどうされたんですかね? へっへっへ」と言う、用心棒を雇っている商人のような感じ。
教会にとっての団長様って、そういう立ち位置なのだろう。
感謝しているのだろうけれど、これはちょっと変な持ち上げ方というか。こう……敬意があるというより、持ち上げておけばいいよね? みたいな気持ちを感じるような。
対する団長様は、淡々としたものだった。
「特定の精霊を追い払いたい。確か教会に、それに関する知識があったはずだ。それを教えてもらいたい」
「精霊を追い払う……ですか?」
司祭は眉を寄せて困った顔になる。
「リュシアン様に隠し事はできないとわかっておりますので言いますが、確かにございます。しかし用途を教えていただければと。精霊の種類によっても、また対処が変わってしまいますので」
「こちらは隠すようなこともない。森の警戒線を越えて、魔物が流入する頻度が多くなった。それが混乱の精霊が惑わせているせいだとわかった。このままでは、森に入った民どころか、森を越えて魔物が町を襲う事態になる恐れがある」
「それで精霊を追い払う……ですか」
司祭は納得したのだろう。困り顔から、真剣な表情に変わった。
「確かに魔物が町まで来ては困ります。その前に対処することができるなら、するべきでしょう。それに広範囲に処置を施したいというのもわかりました。リュシアン様が、一人で全てを見張り続けるのは不可能でございましょうから。ただ……」
「ただ?」
団長様の声に、司祭は言った。
「問題は、追い払う品を作るのに時間がかかることです」
「……一体どういうものだ?」
「香です」
私は納得した。
広範囲で、特定の精霊を追い払うとなれば、空気中に拡散するものがいい。お香なら、そうできるもの。
でも香を作るのに、どう時間がかかるんだろう。
疑問に思ったところで、司祭が続きを口にした。
「材料を乾燥させ、粉にした上で香の材料と混ぜ、練って魔法をかけ……約一か月かかるでしょうか」
「それでは遅いな」
団長様が考え込む。
お香って作るのに、そんなにも時間がかかるのか。アイテムみたいにぽろっと出来るわけでも、買えるわけでもないだろうとは思ったけれど、時間のかかり具合が予想以上だった。
「一応、材料についてお聞きしても?」
イーヴァルさんが司祭に尋ねてくれる。
「材料自体はすぐに手に入りますよ。ミリオルトの実は森に採取に行かなくてはなりませんが、ドゥルケの葉、そしてカモミール。ミグの木の樹液は固めるために必要です。そして木炭ですね。最後にその精霊に近しいものですが……」
「それについては、私が後で調べる。花のような形をしていたというので、おそらくその辺りだろうとは思うが」
香は、それらを練り合わせて作るらしい。
問題になっているのは、ミリオルトの実だ。ちょっと酸っぱい山ブドウみたいな実らしい。これを乾燥させるのに少々時間がかかる。魔法を使って完全に乾かしてしまうと、香りが足りなくなるそうだ。
しかも練った後にも時間がかかる。
材料について、ふんふんと聞いていた私は、あれ? と思う。
もしかしてもしかするけれど、それ、お茶にできるんじゃないだろうか。
ミリオルトの実は乾燥させない方が香りが強いそうだ。ドゥルケの葉は紅茶に使ってる。カモミールも混ぜてもおいしい。樹液も木炭も、固めるためだからいらないらしいし。
おおお? 私、もしかしたら役に立てる?
あ、でも無事に作れるとは限らないし。
なんてことを考えていたら、団長様が視線を向けて来た。
「どうしたユラ。何か思いついたか」
「ええと。少し試したいことは……。でもでも、失敗する可能性も高いので」
結局できなかったら、その分時間を浪費することになってしまう。だから成功するとは限らないと言っておく。
それに混乱の精霊に近しい材料というのが、うっかりお茶に入れられないようなものだったら困るしね。
団長様も、それは承知しているようだ。
「とりあえず、その香の作成を頼む。精霊については明日にも確認して来よう」
香の依頼をした団長様と私達は、城に戻ることにした。
帰りもやっぱり、団長様の馬に乗せられた。
イーヴァルさんが、ちょっと苦々しい表情をしてはいたけれど、それも団長様の一言で引っ込んでしまう。
「お前にとっての護衛対象は、固まっていた方がやりやすいんじゃないのか?」
「その通りでございますリュシアン様」
あっさりとうなずき、しゅくしゅくとイーヴァルさんは護衛をするように、城までの道を先導していく。
さすが団長様。元……というか今でも主だけあって、イーヴァルさんの制御の仕方がわかっている。
「それでユラ。何を思いついた?」
団長様の質問に、精霊を退ける方法のことだと思って話す。
「紅茶で、香の代わりになるものを作れないかなと思いまして」
「だがお前は、できるかどうかわからないと言っていただろう?」
「はい。精霊に近しい材料が、食べらてはいけないものだったら、紅茶にはできませんので」
「なるほどな。では明日森に行って確かめてくる」
「あ」
と私は言いかける。
精霊について確認するなら、森まで行く必要はない。お城の、副団長さんのところに一匹いる。
でも待って自分。副団長さんのことをそのまま話すわけにはいかない。約束だもの。
だから考えた末に、私は苦肉の策を考えた。
「今日の夕食の後にでも、ちょっとお茶の開発にお付き合いいただけませんか?」
我ながらナンパの文句に近くてアレなのだけど、開発研究のためだと付け加えたので、良し……ということにしてほしい。
団長様も、顔色を変えたりはしなかったし。
「仕事に熱心なのはいいことだ。協力しよう」
そう言ってくれた。
ただ城に戻って私を抱えて下ろした団長様が、なぜか脇腹に触れた手を離さない。
え、その、ずっと必要がないのに触れられているのは、ちょっと恥ずかしい。前世で一度か二度は男性と付き合ったけれど、こういうことってやっぱり、あまり女性にはしないと思うの。
あ、足がめためたの時に抱えられたのと、馬に乗せてもらう時はノーカウントで……。必要なことだったと思うから。
その分、がっちりと捕まえられている状態にされては、一体どうしたのかと言いたくもなる。
「あの、団長様、どうされたんでしょうか」
じーっと見られて、耐えきれずにそう言えば、団長様が耳元でささやいた。
「何を計画しているのかは知らないが、あまり派手なことはしてくれるなよ? 庇える範囲にしてくれ」
……何か私がする気だということを察して、注意するべきか迷っていたようだ。
お願いだから、こう、意味深なことしないでください。
せっかくそのお顔に慣れたのに、心臓に負担が大きいです。




