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私は騎士団のチートな紅茶師です!  作者: 奏多
第一部 紅茶師はじめました
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※団長様、困惑する

※リュシアン視点です

「…………」


 助けた娘が、変だった。

 市井の老婆のように、手を合わせて「お迎えが……」などと言い出したのだ。


 確実にリュシアンよりは年下だろうに、やけにこう……老人じみている。

 一瞬「婆臭い」という単語が思い浮かんだくらいだ。


 けれど泣き叫んだり、怯えて暴れ出したりもしなかったので助かった。

 といっても、彼女は怖がっていないわけではないだろう。たぶん、泣いて現状を受け入れることを拒否したのだ。

 そう思えば同情心が増した。

 そして懐かしさが小さな後悔と一緒に、心の底から湧き出す。


 見下ろした彼女は、陽に焼けていない白い肌をしていた。亜麻色の髪はよく見る色合いだ。けれど赤みの強い色をした瞳は、珍しい。

 痩せた体を包んでいるのは、どこかの囚人かと思うような生成りの貫頭衣だけ。

 この館を彼らが襲撃するに至った理由……森の中で殺されていた者達と同じだ。


「ここで、禁忌の術を行っていた者達の被害者……なのだろうが」


 おかしな発言もそのせいだろう。

 そもそもは、騎士団領近くの魔物の動きがおかしいことが発端だった。


 報告をもたらしたのは、商人達だ。

 今までいなかった場所に、魔物が現れたという。


 行動範囲を逸脱する魔物は、人を襲うために移動してきた可能性が高い。

 だから騎士隊を動かして駆除しに行かせると、不可思議な死体が発見された。

 旅をしていたとは思えない服の一部、そして被害者の荷物が一切見当たらない。

 魔物に始末させるために、奴隷を捨てた、としか考えられない状況だった。


 しかし騎士団領の隣りにあるスキュラ領では、奴隷商人の目撃証言もなく、失踪事件も起こっていないようだ。

 不可思議な状況の中、もう一人の犠牲者が発見された。

 前回とは離れた場所で、街道近くを探索していた騎士が、死者の痕跡を見つけたのだ。


 続くとなれば、何か背後に大きな問題が隠れている可能性がある。

 そうして探し当てたのが、森の中にひっそりとある、打ち捨てられた館だ。


 人身売買どころか、禁忌の魔法を使っていると調べがついたので、リュシアンは騎士十数人に飛びトカゲまで使わせ、空から強襲した。

 中にいたのは、隣国タナストラの特徴を持った魔術師達と、彼らを警護する戦士達だった。

 すぐさま戦闘になったものの、あまりに魔術師が多かったために数人が逃げた。

 追尾するのならと、自分も動いた。


「団長!」


 他の騎士達に突出するなと言われたが、あの様子ではどうにかして魔術で移動されてしまいかねない。

 案の定、追いかけて外に出たところで、奴隷らしき少女の命を使って、遠距離移動の術を発動させようとしていた。

 しかし助けた彼女から訳を聞こうとしたのだが……。あっけなく気絶されてしまったのだ。


「リュシアン団長、ご無事ですか!?」


 金髪の青年が走ってくる。騎士団の藍色の制服を着ている彼は、第一部隊のフレイだ。


「私は問題ない。この娘の着ているものは、件の死者と同じものか?」


 聞かれたフレイは、じっと少女の服を見てうなずく。


「そうだと思います」


「保護して、事情を聞き出す。他に気絶させただけの者がそこにいる。聞き出せ」


「承知いたしました」


 指示を受けたフレイが、近くで転がっていた魔術師を叩き起こす。


「おい、起きろ」


 揺り起こされたその魔術師は、脳震盪を起こしたせいでぼんやりとしていたようだが、やがて自分が捕まったことに気づいて、震え出す。けれどフレイは容赦なく問いただした。


「ここでお前たちは何の魔術を使っていたんだ? 禁忌の魔術だろう?」


「きんきの……」


「内容を今すぐ話せば、殺さずにいてやる」


 魔術師はゆったりと考える様に視線をさまよわせた上で、つぶやくように答えた。


「精霊と人の融合……魔女を生み出すために……」


「精霊との融合!? 人をさらってきて実験したのか?」


「人を買えば、足がつく……。だから遠い国から召喚をしたが、どれも、失敗……ぐあっ」


 そこまで話した魔術師が急に苦しみ出した。

 口から黒い煙を吐き出したかと思うと、脱力し、そのまま二度と動くことはなくなった。

 心臓の動きを確かめたフレイが、首を横に振る。


「だめですね」


「口封じか……」


「おそらくは。事件について外部の人間に話せば、全員同じことになると思われます。間があったのは、魔法の発動にかかる時間のせいでしょう。……とりあえず、続きから聞きますか?」


 リュシアンが許可を出すと、フレイは次々と残った魔術師を起こし、ぼんやりとしている間にできるだけの情報を吐かせた。

 そうして残りの魔術師も死に絶えた時、概要がわかった。


「精霊との融合実験をしようとしたわけですね。でも人をさらったらバレるから、召喚魔法で他国から誘拐した……。でも融合しても死んでしまうか、もしくは魔力もない失敗しか作れなくて、離れた場所で魔物に食わせて始末していた、と」


「それが、我々が発見した死体だったということだな。そしてこの娘も」


 フレイは同情する表情になった。


「良く生き残れましたね……この子」


「全くだ」


 精霊と融合させるなどと、無茶なことをされたのだ。とてつもない魔力を持つ精霊と混ざるせいで、体が崩壊する可能性もある。


「生きていられたのは、精霊の魔力が散逸して、融合しきれなかったからだろうが」


 このまま無事に生きて行けるのかも怪しい。

 実際、変なことも口走っていたな、とリュシアンが思っていると、建物の中の戦闘が終了したのだろう。他の騎士達がやってきた。


「リュシアン様! どうして単独行動をなさるんですか!」


 ややむっとした表情でやって来たのは、長い黒髪を首元で結んだ青年、イーヴァルだ。

 彼は文官をやっている方が似合っていると言われるような、やや神経質そうな顔立ちをしていた。


「もし何かあったらどうなさるのです? あなたは、このアーレンダール王国の王位継承権を持つ一人なんですよ」


「今さらだイーヴァル。今の私に限っては、問題ない。それにアーレンダールの端にあるシグル騎士団に厄介払いされた時点で、危機は去ったのではないか? 王都から私を遠ざけたことで、叔父上もいくらかは安心しているだろう」


 リュシアンが言えば、イーヴァルはますます苦い表情になる。


「いつ何時、何があるかはわかりません。リュシアン様を守るため、ご英断を下された国王陛下でさえ、エリック殿下を抑えられないのですから……」


 以前からアルヴァイン公爵家に仕えていたイーヴァルは、リュシアンを危険から遠ざけることに熱心だ。


「叔父上にも事情はある。……とにかくこの娘だ。何か見聞きしているかもしれない。それ以前に禁忌の魔術の被害者なら、保護が必要だろう」


「かしこまりました」


 フレイは倒れていた少女を抱え上げた。


「ただ保護した後もしばらくの間は、こちらで動向を管理できるようにしたい」


「は? どういうことで?」


 尋ねるイーヴァルに言う。


「精霊との融合実験をされているらしい。失敗しているかもしれないが、今後どのような影響が出るかわからない」


「融合!? それはまた……」


 今融合のことを聞いたイーヴァルは、さすがに気の毒そうな目を少女に向けた。


「でも、研究所の方へ送らなくて良いのですか? 難しい症例ならあちらに任せるのが通例では」


「精霊融合と聞けば、一生出られないだろう」


「……そうですが。少し配慮しすぎではありませんか?」


 リュシアンも、そう言われるとは思っていた。けれど配慮せずにはいられない。どうも他人事として処断するのに抵抗があった。


「精霊が関わることだからな」


 そう言うと、イーヴァル達はようやく納得した表情になった。

 リュシアンは今までで一番、自分が精霊に関われることを役に立ったと思えた。でなければ、彼女を研究所送りにすることは止められなかっただろう。


 そしてこれ以上追及されても、リュシアンは確実な根拠を話せない。

 同情した理由が、懐かしい気持ちになったからだと言って、ひいきだと知られるのも困るのだ。


「副団長にも話を通す必要があるだろう。連絡しておいてくれ」


「了解いたしました」


 イーヴァルがため息をつく。


「決定が不服なのはわかりますが。あのお方もいつまで拗ねるのか……。シグルは王立騎士団なのはご理解なさっていて、陛下の決定だからと団長職を譲っては頂きましたが、隠居すると言って引きこもるとは」


 イーヴァルのため息の原因は、副団長のことだったようだ。


「陛下が副団長を退くことをよしとしないのだから、彼の地位は変わらない。近いうちに、機嫌を直してくれるよう祈るしかない」


 リュシアンとしてはそう答えるしかなかった。


 人の気持ちなど、他人が変えようにもそう簡単にできるものではないのだから。

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