団長様の事情
言われた団長様は、少し顔がこわばったように見えた。
でもオルヴェ先生は気にせずに言う。
「一筆で教会のお偉方は皆動くんですから、書いてやってはどうですか」
オルヴェ先生がそこまで言うのだから、団長様のお手紙は、教会に特別な威力を与えるらしい。
団長様に報告というのも、普通に任務の結果と異常事態を知らせるための報告だと思っていた私は、少し戸惑う。
団長様の設定は覚えている。
公爵の称号を持っている人で、伯父が国王というすごいお家柄の人。その伯父さんの子供である王子には、敵視されているらしい。
なぜなら、伯父さんがリュシアン団長様のことをとても可愛がっていたから。団長様が精霊を見て言葉を聞ける『精霊の愛し子』なことも関係しているらしい。
シグル騎士団のストーリーには、その王子が関わって、あれこれ問題が出ていた。
精霊の愛し子だと教会への発言権が強いのかな?
でもね、それだけだとしたら……私はどうなんだろう。
精霊見えるし、言葉もわかるようになった。それはフレイさんも知っているし、オルヴェ先生だって今聞いて知ったはずだ。
だから別な条件があるんだと思う。身分のこともあるかもだけど、もっと他に……。そんな気がする。
しばらく黙って考えていた団長様は、小さなため息をもらした。
「わかった。でも私がついて行くことにする。そうでなければ、お前たちが狙っている効果は薄いだろうし、代わりに何を要求されるのかわからんからな」
「それが一番かもしれません……。でもお伴いたしますよ」
イーヴァルさんがうなずいてそう言った。
どうやら団長様が一緒に行くことになったようだ。
私としても、団長様が最終兵器のような扱いをされていることもあって、一緒に来てくれると鬼に金棒な気分だ。
団長様は、イーヴァルさんに嫌そうな顔をする。
「ユラは担いでいけばいいとして、お前も戻って来たばかりだろう。休め」
「私は、あなたの騎士であることを辞めたわけではありませんので」
イーヴァルさんがしれっと言うと、団長様も諦めたようだ。
「…………」
イーヴァルさんの団長様への愛が深すぎる。
思わずじーっと見てしまった。
それで私がとても気になっていることがわかったんだろう。
教会に行くにあたって、準備があるからと団長様とイーヴァルさんが出て行く。
フレイさんはついて行かいけれど、警戒線を越えて来る魔物への対処の手配をするため出て行った。
その後、オルヴェ先生が教えてくれた。
「イーヴァルの言動にびっくりしたんだろ?」
「はい、なんていうか、団長様のこと好きすぎなのかなって思いまして、ちょっとびっくりしました」
「そうだろうな。あれが主従だとわかっていれば、問題なく受け入れられるんだろうが」
「主従ですか?」
「もともとイーヴァルは、公爵家の子息だった団長の騎士だったんだ」
イーヴァルさんは騎士として仕えている頃から団長様に心酔していた。
だから団長様がシグル騎士団に所属することになった時にも、自分もついてきたのだという。
「そこまで心酔した理由は、俺は知らないんだがな。主従なんてそんなものだろう」
と言うオルヴェ先生に、ついでなので団長様なら教会に交渉できる理由も尋ねてみた。
「あの、団長様が行くと、どうして教会の偉い人達も動かせるんですか? 精霊が見えるからって理由だけではないんですよね?」
「ああ、それな……」
オルヴェ先生は、前髪をかき上げて難題を前にしたような表情をする。
どう言ったらいいものか困ってしまったんだろう。困らせたいわけではないので、私は取り消すことにした。
「あの、無理にとは言いませんので、おっしゃられなくても大丈夫です。変な事を質問してすみません。団長様の秘密なんですよね?」
「いや、秘密というわけではないんだ。知っている奴は知っているんだが、あらためて人に説明するとなると……。うん、ちょっとどういっていいのかわからなくなってな」
何か複雑な事情があるらしい。
「団長は、精霊が見えたりするだけではないんだ。精霊を消すことができる」
「消す」
私は目を丸くした。え、言うことをきかせて追い払うだけじゃないんですか? まさか副団長さんの方にくっついている混乱の精霊も、実は団長さんは消してたの?
「その消す能力のせいで、だいぶん苦労してきたようでな。一方で、混乱の精霊みたいなものは、精霊教会としても実害が出る前に秘密裏に消してしまいたいという事情もあってな」
確かに、崇拝対象は精霊王とはいえ、末端の精霊が暴れて被害を出しても、教会の立場が悪くなるだろう。
見せたくないものを無かったことにするために、団長様にお願いしていたんだとしたら。確かにそれは頭が上がらなくなるだろう。
「……理解できました」
うん、たぶんそれで合ってると思うんです。
オルヴェ先生はほっとしたように頬をゆるめた。
「そうか。……ユラとは同じ精霊が見える者同士だ。何か団長が言いたそうだったら、聞いてやってくれればありがたい」
そう言ってオルヴェ先生は、私の肩をぽんぽんと叩いた。




