ゴブリンと対戦!
《ゴブリン:何かの息が……》
《ゴブリン:人間か?》
ゴブリンたちは四方八方へ向いて、人の姿を探そうとしている。
相手の出方を見る分にはいいけれど、これ、ため息レベルでも向こうに聞こえるなら、今しゃべるとマズイ。
私は口を引き結んで画面を注視する。
《ゴブリン:見つけるんだ。痕跡ものこすな。人に見つかれば集落が消滅させられる》
《ゴブリン:人の引いた線を越えたんだ、今さら……》
一応、ゴブリンも警戒ラインについてはわかっていたみたい。だから見つかり次第殺そうっていうのは、もう魔物である以上はどうしようもないのかな?
まだゴブリンたちは。ごふごふしゃべっている。
《ゴブリン:もう帰ろう……集落の人数は減り過ぎた》
《ゴブリン:そもそもなんで、俺たちはこんな所を歩いてるんだ》
《ゴブリン:うるさい。別の奴らの集団よりも人を多く狩るんだよ》
お、内部争いですか?
そのままご自分達だけでファイトして、解散してくれないかな?
《ゴブリン:集落にはタウルスが押し寄せてきてただろ。今頃苦労してるはずだ》
タウルスというのは牛っぽい魔物。
二本の角があって通常の牛よりも大きいけど、真っ黒で森の中で会うと見つけにくい。しかも餌は……肉です。
何の肉かはあえて言わない。なんでもいいけど肉。
どうやらゴブリンの集落、タウルスに襲われているもよう。
早く帰ってあげないの?
《混乱の精霊:クスクスクス》
《ゴブリン:……全部人間のせいだ》
《ゴブリン:戦え》
しかも何か変になってきてる。
《ゴブリン:殺せ……》
《ゴブリン:殺さなくては……》
言ってることは、食べるっていうのとさして変わらないんだけどね? 前よりなんだか好戦的になったような。
《混乱の精霊:争え……クスクスクス》
やっぱりこれだ。混乱の精霊の影響で、ゴブリンたちが帰らないで、わざわざ人と遭遇して争うような場所を徘徊しているんだと思う。
そしてゴブリンたちは、周囲を武器で薙ぎ払いながら、近くに人間が潜んでいないかを探し始めた。
あああ、こっち来ちゃってる。
私はGボタンをもう一回押して、交信とやらを切った。その上で、ヤーンさんに話しかける。
「ヤーンさん、もう少しここを離れましょう。ゴブリンたち、この辺りをしらみつぶしにするかもしれません」
「しかし……」
フレイさんからこの場で待機と言われたからだろう。ヤーンさんは動くことを渋った。
けれど再びこっちにゴブリンが近づくのをやめないので、私を手招きして、そおっと遠ざかろうとしてくれる。
ところでこの世界には、足音を消すスキルはない。
魔法だったら存在する。
そうして私はもちろん、ヤーンさんもその魔法を使える人ではなかった。
ヤーンさんは、フレイさんよりやや年下っぽいとはいえ、それなりに経験を積んでいる人だ。もちろんのこと、足音を立てないように敵から遠ざかるのも、慣れている。
ただ、私は完全に素人だ。
町娘の域を脱していない私は、あっさりと足下にある枝をぱきっと音をさせて折ってしまった。
音が聞こえたのだろう。ざわつくゴブリンたち。
急いで近くの繁みに隠れたけれど、間違いなく私達のいる方向にゴブリンたちは移動してきた。
ヤーンさんが、静かに剣を抜く。
そして見えない状態を利用して、移動してきたゴブリンたちを横から襲撃した。
初めての戦闘に、私は震えあがりながら見ているしかない。
十人の中に斬り込んで行ったヤーンさんは、不意打ちのおかげで二匹を瞬く間に倒した。
……緑の血だったおかげと、死ぬと黒い光になって消えるから、それほど目に厳しくなかったので、ほっとする。
でもそこからが大変だった。
ヤーンさんも、木立と繁みで左右から襲いかかれない位置取りをしたものの、一対八で戦い続けるのは厳しいようだ。
続けて二匹を倒したものの、疲れが見える。
「早く……」
そろそろ十分は経つんじゃないのかな。
イーヴァルさんはまだ!? 早く来て下さい! お願いします!
もうそうやって願うしかない。
いやもうちょっとやれることがある。撹乱しよう。
そう思って、画面を出してチャンネルGをオン。
私の位置はわからないように。ぼそぼそとした声を出してみた。
気が逸れたゴブリンをさらに一匹、ヤーンさんが仕留めた。
でもまだ五匹。
……と思ったところで、上からばさばさと木の葉が舞い落ちてくる。ミニミニのゴブリンと共に。
え、精霊!?
舞い降りて来た木の精霊達が、手に持った針みたいなものをぶんぶんと振り回す。
《木の精霊:せんとうだー》
《木の精霊:ゴブリンだー》
《木の精霊:ダメージひくい》
《木の精霊:みんなで一匹にしゅうちゅうするんだよ》
《木の精霊:たおせたおせ》
そんな言葉が画面に表示される中、なぜか木の精霊達が、後方のゴブリンにたかりはじめた。
ちくちく刺されたゴブリンは、精霊にふれられても普通なら何も感じないはずなのに、痛そうに身をよじりはじめる。
《ゴブリン:痛い痛い!》
《ゴブリン:精霊だ! 精霊が攻撃してきてる》
え、精霊の攻撃がゴブリンに当たってる!?
しかもちくちくされ続けたゴブリンが、少しずつ姿が薄れて、やがて黒い光になって消えてしまった。




