チャンネルGを押してみたら
なるほど、団長様がイーヴァルさんを連れていかせたのはそういう意味だったんだな……。
今になって理由がのみこめた。
そんなことを考えながら、騎士のヤーンさんと一緒にじっと待つ。
ずっと立っていると疲れるので、近くの木に手をつきながら。
でも歩き詰めだったから、これで少しは休めるなーと思っていたら。
「ユラさん、その木の向こうに隠れて下さい」
ヤーンさんがささやいた。
え、どうしたの?
「ゴブリンの他の集団がいたみたいです」
姿がぶれるヤーンさんが、私の斜め後ろを指さした。
確かに、遠くから枝や枯葉を素足で踏みながら、歩いて来る生き物がいた。
私と同じくらいの身長。だから大きくはないけれど。手に斧とか木の棒、錆びた剣なんかを持っている。
顔は最近見慣れてきたあの精霊っぽい……間違いなくゴブリン。
でもこの時、ちょっとだけ(ゴブリン精霊の方が柔らかい表情で可愛いし)と思ってしまったのは、馴染んできたからなんだろうか。
しかし索敵では、一個の集団しか見つからなかったはずなのに。なんで!?
見つからないようにと願いながら、近くの木の後ろに回る。
そしてヤーンさんは、剣の柄に手をかけた。
まだ若手っぽくて、少し年下のような面立ちのヤーンさんだが、険しい表情でゴブリンをみつめている。
私は何かできることはないかと思いながら、とりあえずいつもの画面を出すことにする。一応ゴブリンの様子をチェックできないかなと思ったんだ。
画面を呼び出して、ゴブリンの方を遠くからタッチするような仕草をする。
《ゴブリン=やや異常状態》
んむ?
なんか変な文字が見えるんだけど。やや異常って何。というか敵が異常ってわかってもどうしようもない。
別に暗闇の効果を与えられたようなエフェクトもないし、ゴブリンたちはごく普通に周囲を見回しながら、じりじりとこっちに移動していた。
やだなぁ。私とヤーンさんの方に向かってきてる。
早くどこかに行かないかなぁ。
しっしっと手を振ったら、ゴブリンたちがフレイさん達が進んで行った方向へ足を向ける。
あ、それもマズイ。
フレイさん達三人しかいないのに、挟撃されちゃう。
こっちのゴブリンも十匹はいるのに。
と思ったら、ふと私の手が何かを指さすような動きになってしまったみたい。画面にゴブリン以外の文字が現れた。
《混乱の精霊:クスクスクス》
げ、混乱の精霊!
「え、ちょっと待って。まさか」
あの精霊が何かゴブリンたちにして、索敵をすり抜けさせたってこと? そもそも混乱の精霊って、ハーラル副団長さんにくっついてる一匹だけじゃなかったの?
まさかゴブリン退治をしたと思ったら、困ったゴブリンを一掃して、問題に蓋をしてたとかそういうやつ?
ええええ。
でも紅茶を淹れるしか能がない私に、どうしろと。
もしくはこれ、どうあっても強制的に、プレーヤーが戦闘しなきゃいけなくなる的な、アレ?
「ユラさん、静かに。悟られなければ、魔法の効果で発見されることは少ないですから」
大慌てしていたら、ヤーンさんにそう注意をささやかれた。
けど、これだけは伝えなければ。
「あのゴブリンたちの側に、混乱を発生させる精霊がいるんです。だから彼らは、索敵のスキルを混乱させて、あの一団をここに呼び込めたんだと思うんです」
ささやき声で伝えると、騎士が渋い表情になる。
「精霊……」
どうするべきか、と考えているんだろう。
索敵を誤魔化されてしまっているのだとしたら、この他にもゴブリンがいたら、彼一人で私を守るのは難しくなると思う。
なんとか逃げる方法を探してもらえるかな。
私も何かできればいいのに……と思っていたら、出したままの画面の右上で、Gのボタンの色が変わった。
「……?」
この際、何か使えるのならやってみるべきと思って押してみる。
《範囲内に、交信相手が見つかりました》
……ま・さ・か。
私はじーっとゴブリンを見る。自分と同じぐらいの大きさがある、麻の服の上から、何かの獣の皮で作った胸あてを身に着けている彼らを。
「交信……」
どう考えても、これしかないと思う。
もしくは、大穴で混乱の精霊と話せるチャンネルに違いない。
押せばこの場を打開できるか? でもむやみに存在を知らせるだけにならないだろうか。
でも、ゴブリンたちはフレイさん達の方へ足を早めて立ち去ろうとしている。
足止めぐらいするべきなのでは。
それに、と思う。
今現在自分の姿は見えないんだから、チャンネルボタンを押して交信しようとするだけで、話さなければ見つからないんじゃないの?
「よし、女は度胸」
思い切って押してみました。
ぽちー。
《交信が可能になりました》
《ゴブリン:人の気配がする……くそ、ここじゃない……》
おおおおお、やっぱりだ。じゃあこれって、ゴブリンチャンネルってこと?
もうちょっと可愛いのがいいよーうううう。
でも魔物の言葉がわかるなら、何をしようとしているかわかって便利かも?
《ゴブリン:近くに人がいるはずだ……匂いがする》
《ゴブリン:探せ、餌にしてやる》
「…………」
人を倒すことしか頭にないみたい。
これは情報としてどうなんだろう。あんまり役にたたないような。
「はぁ……」
ため息をついたら、もう十五メートルくらい先の木立の向こうにいたゴブリンたちが、ぴたっと足を止めた。
あ、やっぱり聞こえるんですか。




