ゴブリンを見つけました
その先でも、ちらほらと木の精霊が降って来た。
私にぶつかっても、私も精霊も痛くないのはいいんだけど。慣れなくてびくっとしてしまう。
正面から顔にぶつかられた時は、さすがに足を止めてしまった。
まさか精霊が見えることで、こんな問題が発生するとはおもわなかった……。かまどにいる精霊は大人しく火の中から現れて、燃えている間踊ってるしなぁ。
そのせいで、イーヴァルさんをイラつかせてしまったみたいだけど。
「少し頭を伏せる様にして歩きなさい。どうせあなたに周囲の警戒をさせることはできないんです。雨の中で、目の前のフレイを見失わず歩くようにしてはどうですか。察するところ、精霊はほとんど頭上から落ちて来るのでしょう」
まさにその通り。
精霊は枝からひらひらと舞い降りてくる。時々不規則に空中で飛び上がるので、それで驚く。
ややイラッとした声ながらも、助言してくれたのでそれに従うと、確かに頭上からや真っ直ぐ前からくるものには驚かなくなった。
「あ、ほんとだ……」
なるほど。イーヴァルさんが言った理由がよくわかる。うつむくぐらいの高さだと、跳ねて飛んでくる精霊が見える数も限られるから、よけいに気になり難い。
そうすると、地面を歩いている他の精霊に気づく。
キノコに顔が書かれたような精霊が、五人ぐらいで列を作って歩いている。
ひょこひょこあるいていて可愛い。
その中にもゴブリン精霊が混ざっていて、勇者パーティーの中の遊び人のような印象だ。
「ありがとうございます」と言ったら、イーヴァルさんがちょっと横を向いて言った。
「べべ、別に礼を言うようなことではありません。は、早く歩いて下さい」
言ってることはキツイのに、どもってる。
素直じゃない人なのかな。それでも怖い言葉をそのまま言うのにためらいがあるから、どもるんだろう。
とにかくついてきてくれたイーヴァルさんが、心底私を嫌っているわけじゃないのはわかった。
あと素直にお礼を言われると弱いということも。
パーティーになった相手のことがわかると、なんだか安心する。
なにせこの先は、間違いなく戦闘になってしまうからだ。
だんだんと、フレイさん達の進みも遅くなっていく。
緊張が高まる中、先頭の騎士がささやくような声で言った。
「百メートル先、おそらくゴブリンがいます」
たぶん、索敵スキルを使ったんだと思う。でなければ、とてもこんな樹ばかりで見通しが悪い場所で、100メートル先のことなんてわかりようがないもの。
「その距離なら、警戒ラインの外ですね。何匹ですか?」
「二十匹です」
イーヴァルさんの問いかけに、騎士が答える。
「かなり多いな」
フレイさんがそう言いながらも、剣を抜く。
「そこそこ楽しめそうだ」
ちろりと舌なめずりする仕草さえ綺麗なんだけど。え、フレイさんずいぶんと好戦的ですね?
「……フレイ。そっちばかりにかまけないように」
「わかってる。でもゴブリンだけなら、戦って倒すだけで済むだろう? しかも二十匹だ」
イーヴァルさんにそう言い返すところを見ると、フレイさんは二十匹ぐらいなら早々に倒せると踏んでいるらしい。それどころか、戦いたいようだ。
ここで私は思い出した。
戦闘狂とイーヴァルさんが言ったことを。
フレイさんて、戦闘大好き人間?
それは頼もしいのか、それとも怖がるべきなのか。心配するべきなのか。
頭を悩ませていた私だったけれど、フレイさんとイーヴァルさんがさっさと行動の打ち合わせを終えてしまう。
「ユラはむしろ近くに居ない方がいいでしょう。倒しそこねたゴブリンが、弱い個体に襲い掛かっても面倒ですし」
「守るより、自分が引きつけて倒す方が楽なのは確かだね。それじゃヤーン、君にユラさんのことは任せた。一応、姿隠しの魔法をかけておくから、ここで待機するように」
決定すると、あっさりとフレイさんは何かの呪文を唱え始める。
殿を歩いていた騎士、茶色の髪のヤーンさんにとっては、それがいつものことなんだろう。粛々と受け入れて、フレイさんの魔法を受け入れている。
私も一緒にかかったんだけど、ヤーンさんの姿が霞んで見えるようになった。
おお、魔法だ魔法だ。
今まで全く見たことがなかったわけじゃないけど、実践的な魔法ってあんまり見たことがないから、ちょっとドキドキする。
いいなぁ。私も魔法が使えるようになりたい……。お茶を作るのも、魔法みたいなものなんだけどね。
「この魔法は、気づかれなければ周囲に同化して、姿がわからなくなるんだ。代わりに、声を気づかれたり相手とぶつかったりすると、見えてしまうんだ。そうなっても、輪郭がぶれているような感じの見え方は続くから、相手が攻撃はしにくいだろうけれど」
ほほう。発見されたらすぐに解ける魔法じゃないんですね。
「そういうわけで、そこでじっとして待っていてほしい。問題なければ、たぶん十五分くらいで戻れると思う」
そう言って、フレイさんはいそいそと先へ進んで行く。
よほど戦いたいんですね……。こう、印象と違って驚きだ。
「まったく……」
イーヴァルさんはため息をつく。
「二人とも、そこで待機しているように。よほどのことがなければ動かないよう、ユラに言い聞かせておいて下さいヤーン。彼女は初心者もいいところですからね。あと、フレイだけでどうにかできると判断したら、私かもう一人が戻ります」
フレイさんより早く戻ると言って、イーヴァルさんも後に続いた。
ちょっと言葉がところどころキツイけれど、私達の方を優先させ、戦闘が終わる頃には先に戻ってくれるようだ。
こう、なんだ。
いい人なんだけど、素直にいい人だといいにくいのは、なんとかしてほしいかも。
でも戦闘に夢中になったフレイさんより、頼りになるかもしれないと思った。




