森の中の精霊
私は上機嫌だった。
なにせみんながお茶を美味しいと言ってくれたのだ。
確実に紅茶好きを増やしていけている。そんな実感があった。
しかもイーヴァルさんをも黙らせ、能力値を気にさせることができたのだから、まさに紅茶の大勝利。
上機嫌なまま、片づけを終えたら徒歩で出発した。
一列になって進むしかないほど、道は細かった。
というか誰かが踏んだ痕もほとんど消えていて、道かどうかなんて私には判別がつかない。
そんな道を、先頭がフレイさんの部下、次にフレイさん、私、イーヴァルさん、もう一人のフレイさんの部下という並びで、けれどけっこう早いスピードで進む。
おかげで私は早々に息が上がりそうになった。
これはマズイ。たどり着く前に、私がバテてしまう。
それじゃ逃げられない。
「フレイさん、すみません」
土下座する覚悟で私はフレイさんに声をかけた。
たぶん予定からすると、この速度で歩くことが必要なんだと思うんだ。じゃないと帰りが遅くなるとかね。
歩けなくなってから申告すると、ますます迷惑をかけてしまう。
軟弱者ぉぉぉと言われるかもしれないけど、本当に軟弱なので、正直に言うのが最善の道だ。
「もう少しだけ、歩く速さをゆるめていただけると、ありがたい、げふっ、です」
おっとせき込んでしまった。
「ああ済まないユラさん。休むかい?」
「ええと、三分ほど、息だけ落ち着かせてもらえれば」
今世の私も、人見知り街道を爆走して生きて来たとはいえ、前世日本人よりは足腰がしっかりしている。車ないし、自転車ないし、基本全て徒歩だからだね。
木に手をついてぜーはーとしていると、頭上からひらひらっと木の葉が舞い落ちてきた。
いや、舞ってるけどちょっとおかしい。
空中でなぜか弾かれるように跳ねてる。
何だろうと思って触れて見ようとしたら、ふっと消えた。
……あれ。
「まさか精霊……」
と思ったら、パラパラと木の葉が沢山振って来た。
よくよく見れば、卵型の緑の葉っぱに、まじっくで書いたような目と逆三角の口、そして針金みたいな手足が葉っぱから出てる。
マスコットの絵みたいで、なんか可愛い。
こんな魔物は聞いたことがないから、精霊で間違いないと思うけど。
慌てて画面を出してみれば、木の精霊と書かれていた。
「やっぱり精霊だった」
「ん、精霊がいたのかい?」
「はい。木の葉みたいな精霊がいっぱい降ってきて……」
可愛いなぁと思って見ていたら、たまに見慣れたものが混じっている。木の葉の服を着ていたので、見逃していたらしい。
木の葉ファッションのゴブリン精霊も、楽しく跳ねたりくるくる回っているので、どうも木の精霊の仲間みたい。この子達は服で見分ければいいのかな?
何かしゃべるかなと思って、ゴブリン精霊をえいっと突いてみると。
《木の精霊:いやん》
と表示された。
「…………」
咳払いしてもう一度、別なことをする。
「ねぇ、この先のゴブリンの集落について、今どういう状況かわかったりする?」
言葉が通じればいいけどと思いながら言えば、ゴブリン精霊と木の葉精霊が手を繋いで飛び上がりながら答えた。
まぁ、文字が表示されるだけなんだけど。
《木の精霊:ゴブリンたちはいつもおこりんぼ。イライラしてるよ!》
とかえって来た。
「おこりんぼ。イライラ?」
精神的に不安定なんですかね、ゴブリンさん達。近づくの怖いなぁ。
「精霊がそう言ったんですか?」
フレイさんに尋ねられてうなずく。
「どうもゴブリンたちの心が不安定みたいです。副団長様がたが戦闘になってばかりいると聞いたのですが、もしかしてそのせいでは……」
これでゴブリンが襲撃してきたら、副団長さんは救われるわけだ。自分のせいで起きている問題が小さいとわかれば、リュシアン団長様に普通に話して、混乱の精霊を引きはがしてもらうことができるだろう。
そしてめでたしめでたしになる。
「個体数が増えすぎたのでしょうか? どちらにせよ、人を襲いやすい状態には変わらないでしょう。少しでも狩っておけるならそうすべきでしょう」
イーヴァルさんがそう言って、そのまま前進することが決まった。
「戦闘になったら、なるべく私達の後方で木に背中をくっつけてじっとしていて。一人騎士を側につけるからね」
フレイさんの言葉にうなずく。
それから私は画面を消し、精霊達に手を振って歩き出した。
だからその後の会話を知らなかった。
《木の精霊:まだレベルたりないよー》
《木の精霊:でもたおしにいくんだぞ》
《木の精霊:討伐者をつのるよー》
《木の精霊:はいさんかしまーす》
《木の精霊:じゃあとうろくしてね》
《木の精霊:ぼくはべつな騎士団にとうろくしたい》
《木の精霊:さいしょにここをえらでるからムリ》
《木の精霊:えー》
《木の精霊:わたしまだかいものしたいー》




