野外でお茶をふるまいます
一度はそれで収まりそうだったけど、フレイさんが最後に、NGワードを口にしてしまったようだ。
「団長もそんなイーヴァルさんだったから、特別に頼んだのでは?」
「特別……っ。そう、特別扱いし過ぎです!」
イーヴァルさんがきっ、と私の方を睨んだ。
「なぜこの娘に、ここまでする必要があるんです。今回は、団長自ら出られるという話をされたので、それを諦めて頂く代わりに私が来たんですよ。雇用するだけならともかく、団長までが出て完全に守り抜くというのも、やりすぎというものです」
あ、なんとなくイーヴァルさんの反感の原因がわかったぞ。
団長さんが私にかまいすぎなのが、気に入らないんだ。
優しい、有り難い、神だ……。とのほほんと考えていたけれど、周囲にはひいきに見えるのかもしれない。普段の団長様は、ここまで誰かに配慮をしないのだろう。
……目の前で息止まりかけたせいかな?
それともよくわからなかったとはいえ、お茶飲んで仲良く眠りこけたから、仲間意識が芽生えたとか?
大穴で『珍しいお茶が好きだからかもしれない』と心の中に付け加えておく。
意外に紅茶を気に入っているみたいだもの。
「そりゃ、ユラはこの通り戦うどころか、逃げるのにも不自由する子だからね」
はい、フレイさんの言う通り、逃げ足もろくに期待できません……。
肩を叩かれた私は、ごもっともですと思いながらうつむくしかない。
「怪我をしたり死んだりしたら、寝ざめが悪いと思わないかい? 非力な女の子を見捨てることになるんだからね。そもそも彼女は、後方支援だけをさせるつもりなんですから」
「……まぁ、効果には期待しましょう」
う、その効果も些少なんだけど、文句をつけられそうだな。
それでもちゃんと戦ってくれそうだし、もうそれでいいことにしよう。深く考えたところでどうしようもない。
とにかくゴブリンだ。
ゴブリンは知性があると、フレイさんも認めているようだ。
ゲームでも家のようなものを作っていたし、よほど縄張り争いなどが起こらなければ、踏み越えて来ないのかもしれない。
そうすると、度々暴れて踏み越えて来るゴブリンというのは、集落の人口密度が高くなりすぎたあぶれ者なのだろうか?
ゲームではそれを討伐しに行っていた?
ハーラル副団長さんが来た時にも、たまたまそういうゴブリンが、混乱の精霊に引き寄せられてきていたのだろうか。
今の私には知る方法がないけれど、少し気にかかる……。
考えている間に、森の奥へと進んで行く。
進む速度はぐんと落ちるけれど、転生後に森を歩いたことがあるので、徒歩よりもずっと速いのはわかる。
それも一時間ほどのことだった。
樹と樹の間隔が狭まってきたところで、少し開けた場所に到着。そこで馬を降りた。
……初めての長時間の乗馬で、さすがに足ががくがくしていた。
お城と町の往復だって、もっと短い時間だったし。
団長様に乗せてもらった竜は、そもそも馬より揺れを感じなかった。
「大丈夫かい? こんなに長時間乗るのは初めてだった?」
「はい、でもがんばります」
大丈夫じゃないけど、ここで私はお仕事をするのだ。
ここで休憩をしてから、馬を置いて森の奥へと歩くことになっている。
これ以上奥に行くと、魔物の出現確率が上がるので、必要なければ休憩をせずに行って戻った方がいいらしい。
徒歩だし、急いで逃げられないものね。
馬はいなくなってしまうと困るので、ここに見習い騎士さんを馬番としておいていくそうだ。
もし予定時間を越えても全く戻る気配がなければ、見習い騎士さんが城へ知らせに走るらしい。
いつ何時、何があるのかわからないので、そういう手順が決められていると聞いた。
なので、ここでしかお茶を飲めない。
さっそく私は準備をはじめる。
フレイさんが手伝ってくれて、前に誰かが火を起こしたまま、かまど代わりの石組みが残っている場所に、枯れ木を集めて火をつける。
上に鉄の網を置いて、水を入れたケトルを乗せてお湯が沸くまで待つ。
その様子を、他の騎士さん達が面白そうに見ていた。
「外でお茶を飲むって、野営以外ではあんまりやらないからなぁ」
「冬でも行って帰るだけなら、水だね。持ってるうちに凍ることもあるけど」
なんてしゃべってる。
イーヴァルさんは周辺を警戒すると言って、開けた場所の外側を見ている。
飲んだらなんていうかな。
できれば美味しいと言わせたいけど……。
よもや美味しい紅茶を淹れるゴールデンルールなんて守れないというか、これ、魔法の産物だからなぁ。
そう思いつつも、少ないお湯でポットを温めてから、ティーストレーナーに入れたお茶にお湯をくぐらせる。
少し深めのストレーナーなので、多少なりと茶葉がお湯の中を泳ぐ余地がある。
そうして心の中だけで歌って……気づいたらハミングしちゃってたけど、一瞬だから大丈夫だいじょうぶ。
「それ、故郷の歌かなんかかい?」
と思っていたら、ばっちりフレイさんに聞かれていた。恥ずかしっ!
「え、ええまぁ。そのようなもので……」
第一の故郷、日本のものです。嘘じゃありません。
「あまり聞いたことがないものだね。今度歌ってみせてくれないかい?」
「お、音痴なので!」
むりです。人に聞かせるとか不可能!。耳がけがれますよ、やめといた方がいいです。
という意味を込めてぶんぶんと首を横に振り、各自のカップにお茶を淹れていく。
「あ、いい香りかも」
騎士さん二人が、そう言ってくれる。
「お口に合いましたか?」
最も気になることを尋ねれば、うなずいてくれる。
「あんまり渋みがなくていいお茶だねこれ。果物っぽい味と香りもするのに甘くないし」
「俺は好きだなこれ」
良かった。不味くはないらしい。
ほっとしながら、今度はこちらも一応口をつけたイーヴァルさんを見る。
カップの上で、左手で仰ぐようにして香りを確認していた。……なんか理科の実験を思い出させる仕草だ。でもさらさら黒髪のインテリっぽいイーヴァルさんだと、その仕草も似合う。
「香りはたしかに異常なし……」
異常なしとは……まるで毒の煙みたいな対応ですね?
次にイーヴァルさんは、慎重な面持ちでカップに口をつける。
「む……」
そう言ったまま、イーヴァルさんは何も言わなくなった。
え? 何か気に入らなかったのかな? 残りもちゃんと飲んでるから、嫌ではなかったと思うけど、何か言ってほしい。
口に合わなかったのかな、好みじゃなかったのか教えて欲しいなーと思いながらじっと見ていると、その視線に気づいたようにちらりと私を見てから、一言口にする。
「まぁいいでしょう」
及第点もらえたっぽい。
私はほっとした。これで団長さんにお茶を飲ませても、イーヴァルさんに怒られることはないだろう。うん、眠らせたりさえしなければね。
そこでフレイさんが私にたずねた。
「今日のお茶は、何の効果のものを持って来たんだい?」
「あ、防御力がちょっと上がるのと、魔力回復です」
上手く混ぜられたんですよと言うと、飲み切った騎士達が急いで自分の測定石を手に取る。
「あ、ほんとだ。ちょっと上がってる」
そして一緒に飲んでいた見習い騎士も、自分のステータスを確認していた。
「防御力が本当に少し上がってる。ここで一人待ってる時にも魔物が出たりするから、少し安心ですね」
そう言って笑ってくれたので、私は紅茶を淹れて本当に良かったと思ったのだった。
イーヴァルさんも、こっそり自分の能力値確認してたよ!
やったね私!




