今度こそお迎えかなって
「なんでシグル騎士団が!」
「精霊のせいではないのか!? 団長は精霊の……」
「とにかく逃げろ!」
走りながらそんなことを話していたうちの一人が、ふと私に気づいた。
「おい、冥界術ならなんとかいける。その娘を生贄に使え! どうせもう一人の成功例は確保してるんだ」
「いい案だ」
急に私を目指して駆け寄ってくる。しかも今、生贄って言ってた!
逃げたいけれど、私にできるのは転がることだけ。せめてと、超高速回転を試みた。
……すぐに捕まった。
そして簀巻きからは解放されたものの、うつ伏せにされ、足で地面に押さえつけられた。
さっき打った背中が痛い!
「いだあああああ! ひどい! 悪魔!」
悲鳴を上げたけど怒られた。
「くそ、黙ってろ失敗作! 早くしろ!」
怒鳴り声と共に、一斉に抑揚のない声で何かを唱え始める。
すると地面から、薄らと紫色の光が浮かび上がり始めた。私とこの人達の周囲だけに。
理屈じゃなく、このままでいては本当に殺されると感じた。
でももう、何もできない。
「誰か……助けて」
そういうのが精一杯だった。
――その時、ふいに風が吹いて『大丈夫』とささやかれた気がした。
あまりの恐怖で、幻聴を聞いたと思ったのに。
「うがっ!」
「ぎゃああああ!」
叫び声がして、私の上から足が避けられる。横を向いていた私の視界に、自分を取り囲んでいた人達が、地面に倒れ伏したのが見えた。
その中の一人は、首から血を流している。
息を飲んだ。
死んでる……? まさかと思った時、そんな私に誰かが触れた。
「ひっ」
「生きているか?」
問いかけながら私の体を抱え上げたので、その人の顔が見えた。
銀の髪の青年だった。
襟足までの髪が、そよ風に揺れる。そんな様すら綺麗だと思うのは、彼自身があまりにも美形だったからだと思う。
年はたぶん、二十代前半くらい。
背も高くて、肩幅もあるから、冬の神様がいたらこんな感じかなと思った。
少し長めの前髪がかかった瞳は、アメジストをはめ込んだように綺麗な紫色。少しだけ日焼けはしているけれど、それでも白い頬は、その顔立ちにますます彫像じみた印象を与える。
ゲームを連想したのは、その衣装のせいかもしれない。藍色のコートに銀の肩当てや胸あてを身に着けていたから。
……やっぱりこれ、夢なんじゃないかな。そんな気がしてきた。
誘拐されて酷い目にあって、美形様に助けられるなんて、なんか疲れてゲームっぽい夢を見ているんだと思う。
この頃になると、私はゲームとかの夢を、完全に自分の記憶だと納得しつつあった。
「でも臨場感たっぷりすぎて、調子狂うわ」
「……は?」
美形様が困惑した顔になる。
それでも綺麗だな。もう二度とこんな人には会えないだろうし。あ、もしかしたら、噂に聞く天からのお迎えかもしれない。
ならばと、私は拝むことにした。せめて天国行きにしてくださいお願いします……。
「おい、なぜ拝んでいる」
「ありがたや……。できれば早めに生まれ変わりたいです神様。こんどは対人恐怖症じゃなくて、事件事故に巻き込まれない人生をお願いします」
「私に祈られても困るんだが。それに、お前は助かったんだぞ?」
困惑した美形様のかみ合わない言葉に、私も「はい?」と頭の中に疑問符が浮かんだ。
助かった……ということは生きてるわけで。この美形様も生きている人らしい。
と、そこで私は違和感をおぼえた。
この人の服装をどこかで見たことがあるような……。いや、顔もちょっと覚えがあるかもしれない。
うーんと唸りながら眺めていると、彼が言った。
「記憶か思考に混乱があるようだが、無事なようだな。それにお前は仲間ではないようだが……」
仲間。もしかしてあの黒い長衣の人達の、仲間だと思われてる!?
首を横に振って否定したかったけれど、急になんだか息苦しくなってきた。
え、何これ。
なんだかつい最近も、こんな状態になったような……。
そう墓地だ。
お祖母ちゃんのお墓に行った時、息苦しくなった。
やっぱり私、過労かなんかで心臓発作でも起こして、天国に来ちゃった?
その他にも、こんな風になったような気がするんだけど、思い出せない。
「おい?」
美形様も、私が苦しみだしたことに驚いたようだ。でも返事はできないし、なんだか気が遠くなっ……。
「リュシアン団長!」
誰かが、誰かの名前を呼ぶ声は聞こえたのだけど。
私はそのまま気絶してしまった。