出動の許可をもらおうとしたら……
「すみません、起こしていただいたみたいで……」
「また茶のせいで眠ったのかと思ったが、大丈夫なようだな」
そう言った団長様は、ほっとしたように息をつく。
「あ、でもこれたぶんお茶のせいです」
「なんだと?」
「眠ってしまうんじゃなくて、ものすごく安らいだ気持ちになるお茶を見つけまして」
「安らいだ気持ち?」
団長様が理解できないなって顔で復唱した。
「微小効果のものだと、猫を抱っこした時みたいな気持ちになるだけなんですけど。弱効果のお茶だと、気分が良すぎてうとうとしまして」
「酒を飲んだみたいなものか?」
お、団長様ってばお酒好きなんですか? 好きじゃないと飲んで気分いいとか思いませんもんね。
「そんな感じです。心配をおかけしてすみません。あ、でも微小効果のなら、こんな風にはならないので、お詫びに一杯いかがですか?」
「……問題のない茶なら、酒の代わりにもらって行くか」
「今淹れますね!」
飲むって言うことは、団長様けっこう紅茶のこと気に入ってくれてるのかな?
でもそんなこと言わない。恥ずかしがって逃げられては困る。良い感じに紅茶友達ができそうなのだから。
これを機会に、より紅茶を気に入ってもらいたい。
というわけで私はさっさとハニーティーを作って、団長様に差し出した。
「どうぞ」
団長様はそこに立っていたからだろう。手近だからと私の隣の席に収まっていた。差し出されたカップを当然のように受け取る。
元々、この団長様は貴族だというから、こういった対応をされるのが普通の暮らしを送っていたんだろう。
カップを掴む指は、剣を振るう人らしい少しごつごつとした感じだ。遠くから見ると、すらっと長いだけに思えるのに。
それにしても団長さん、心安らぐお茶がほしいってお疲れ気味なのかな? 確かにその綺麗なお顔に、うっすら隈があるように見えるけど。……隈があっても損なわれない麗しさとか、すごいなほんと。
チラ見しては感心していた私だが、ずっとそうしているのもおかしいので、先に自分のカップを洗ってしまう。
その間に、団長様も飲み終わったようだ。
「洗いますね」
と言ってカップを受け取ってから、はっと思い出す。
「そうだ団長様。討伐に出るかもしれないというお話なのですが、警戒のための出動もあると聞いたのです。それに参加することはできますか?」
尋ねると、帰るため立ち上がった団長様が不思議そうに言う。
「なぜだ?」
「警戒のための出動も討伐者としての仕事に含めることはできますよね? なら、それで一応仕事をした実績になるかなと……。視察の件も、かわすことができますよね?」
それに一討伐者に護衛をつけて送り出すような、おかしなことをしなくてもいいし。討伐が発生する機会が丁度発生するとも限らない。
もし討伐をでっちあげたとしたら、発覚した時に騎士団に迷惑をかけることになる。
私が色々と理由を挙げていくと、団長様がだんだん渋い表情になる。
「あの、だめですか?」
尋ねると、団長様がため息をつく。
「だめではないが……警戒については副団長に任せていた仕事だ。何か言われたのか?」
「いえ、そういうわけでは」
否定したのに、団長様は信じてくれた様子はない。
「それに実行するべき理由を、思い付きすぎる。副団長に、そういう理由を挙げればいいとでも言われたのか?」
私は必死で首を横に振った。
えええ、どうしてそうなるの!?
しかも安らいだ気持ちになるお茶を飲んだばかりなのに! 強い作用の方を飲ませるべきだった!?
でも団長様まで眠っちゃうと困るし。
とにかく誤解を解かなくては。
「副団長様に何か言われたわけじゃないんです。一応、こちらにいらした時に、許可を頂くためにお話しましたが……。理由も自分で考えました。あの、普通に討伐に出るよりも安全だからいいなって思いまして。ほら私、戦うことなんてできませんし」
「しかし身を守るためとはいっても、町娘がそこまで詳細に、利点をとうとうと語れるものではないだろう」
あ……ここで、どうして団長様に疑われたのかがわかった。
前世の会社のつもりで話しちゃったからだ。
事業の申請書を通すようなつもりで、利点を淡々と列挙しすぎた……。
小さな町で小間物屋をしていただけの娘なら、そういう言い方はしないだろう。
単純に、怖いので実際の戦闘がなさそうな出動の話を聞いたんですが、便乗できませんか? 実際の戦闘は怖いんです。と言うだけで良かったんだ。
しかし今さらすぎた。
「騎士団の人とお話するうちにこう、固い言葉に慣れてきたんじゃないかと……」
苦しいけどそう言い訳する。
団長様はまだ信じてはいなさそうだったが、数秒目を閉じた後、尋ねて来たのは言葉のことじゃなかった。
「強要されてのことではないんだな?」
「はい、間違いありません」
誰かに強制されたわけじゃなくて、私が提案したことだ。疑われないように急いで答えた。
「なら、同行者はこちらで選んで、警戒巡回をお前を含む特別部隊に交代させる。それで日帰りで帰れる範囲で送り出す。それでもいいか?」
「大丈夫です。私も心配なので、混ぜてもらうよりは、護衛をしてくれるとわかっている方が一緒だと、心強いので」
これは本当。
混ざるとしたら、全員初対面に近い状態になるでしょう?
長時間一緒に行動するのだから、やっぱりちょっと不安だ。変な真似をする人はいないだろうけれど、何かあった時に逃げ遅れても、庇ってもらえる確率が低いと、即死してしまいかねない。
痛いのは嫌なので、守ってもらえるのなら甘えたい。
「ぜひよろしくお願いします」
頭を下げると、さすがに副団長さんとの関与はないと思ったのだろう。
「では予定を組む。フレイを通して知らせるので、それまで待つといい」
「はい、ありがとうございます!」
信じてくれたと思って笑顔で返事をすると、団長様がふわっと微笑む。
その穏やかな表情に、目が釘付けになりそうだ。
あげくぼんやりとしていたら、団長様が私の頭を軽く撫でる。
「無理はするな。君が戦えないことはこちらはわかっている。万が一には逃げることを優先しろ。ついて行った先でも、気力か何かを回復させる茶でも振る舞うことで、補助をしたという実績を作るだけでいい。わかったか?」
「はい……」
返事をすると、団長様は満足げな表情で手を離す。
私は思わず「あ」と言いそうになった。
ちょっと惜しいと思ってしまったからだ。
だってこの世界で私の頭を撫でてくれたのは、お祖母ちゃんだ。
私はふとお祖母ちゃんを思い出して、少し切ない気持ちになったのだった。




