世界を変えたその日
「……はっ」
我に返った私は、自分の足元を見ていた。
倒れて黒い塊になった、偽者のソラはもういない。だけど次の瞬間には、私は団長様に抱きしめられた。
「良かったユラ。危うくお前を失うところだった」
「え、団長様? さっきのも……?」
あの場にいたのは、精霊王と私だけだった。
ソラの偽者も一応精霊王に分類されていたので、存在していても『そういうものなんだろう』って思ってたけど。団長様が入ってこられたのはどうして?
「なんとか入り込めた。精霊達と精霊王の剣のおかげだ。……初めてこの剣に感謝した」
そんな団長様の周囲には、きゃっきゃと笑いさざめく精霊さん達がいた。
全員がゴブリン姿の精霊だ。
肩からひらひらと舞い落ちて、泉の上で浮かぶ者。すぃっと空中を飛び回る者。きらきらと後光を背負いながら足踏みする者と様々だ。
彼らは、私と一緒に異世界から来た、精霊転生した人達だ。同郷の私を仲間だからと助けてくれたんだろう。
「ありがとう」
私は団長様の肩にいたゴブリン精霊を指先で撫でてから、団長様を見上げて言った。
「助けてくださって、ありがとうございます」
思い出したら、なんだか涙が込み上げてきた。
だって首を絞められて殺されかけるとか、手を離すわけにいかなくて抵抗もできないとか、恐怖でしかなかった。
願いが叶っても、私は死ぬんだと覚悟もした。
団長様やみんなが、これからも幸せに暮らせるならと思わなければ、とてもそんな覚悟は決められなかったもの。
団長様が泣いてしまった私の頭を撫でてくれる。
それだけで落ち着いていき、しばらくすると涙が止まった。
「そういえばミタスは……」
フレイさんが拘束していた場所へと視線を向ける。
そこには、黒いシミのできた地面と、困惑するフレイさんとイーヴァルさんがいた。
「消えたようだな。偽者の精霊王の意識を乗っ取っていたせいで、一緒に消滅してしまったのだろう」
そんなことがあるのだなと、私は納得した。
メイア嬢はその場で倒れていた。
おそらくは、あの偽者のソラに魔力を奪われて気絶したのではないだろうか。
そしてソラは姿を消していて……。
澄んだ水面の上に伸びる木が、元のようにさやさやと風に葉を揺らしていた。
……この日、アーレンダールとタナストラでは、白昼夢を見た人達が頻発した。と後で聞いた。
変な夢を見たという話が広まり、不思議だ不思議だとささやかれたものの、その印象は様々で……。
「なんか綺麗な男の人を見たよ。髪が長かった」
「え、小さい精霊がいっぱいいたよ。それで平和が一番だねって」
「なんか怖い夢を見たよ。国を滅ぼして自分が王様になるんだって」
でも最終的には。
「なんか……昨日買ったお茶を飲みたくなったな」
という感じになったという。




