始まる対決と…
ソラ自身は、道の先を見つめながら、歌うように語る。
「僕は相手から攻撃を受けたことで力を減らしてしまった。そのせいで精霊王の剣にまで影響が出て……ずいぶんと長い間、精霊王の剣は周囲から魔力を集め精霊までも殺す、災害を及ぼす剣になってしまった。おかげでリュシアンにはかわいそうなことをした」
「あ……」
精霊王の剣。
とても神聖そうな名前の剣なのに、まるで呪われた剣みたいなことになっていたのは、精霊王であるソラの影響を受けていたからなの!?
「でも今は、僕も姿を偽る必要がないほど魔力が回復してる。君のおかげだよ、ユラ」
ソラは笑顔を私に向けた。
「それでか……」
前を向いたままの団長様から、うめくような言葉が吐き出された。
「では、もうあの呪いのようなことはないんだな?」
「この戦いが終われば、もう大丈夫。僕もユラのおかげで力を回復できたから」
「戦いが終わったら、か。血の契約は?」
「それは血族に連綿と伝えてもらいたいな。もう、誰かにそしられることもない、ただ持っているだけで精霊に好かれ、精霊の力を借りて戦える剣でしかないから」
「……仕方ない」
団長様はふっと息をついて枝葉の天蓋に覆われた空を見上げた。
ソラも同じように天を仰いだ。
「僕が木に魔力を与え終わるまで、ここを守ってくれるかな?」
「わかった。……ユラ、精霊の盾を」
「はいっ!」
私はステータス画面から魔法を選択。精霊の盾のボタンを押して、全員にかけてしまう。
ボタンを押すのと同時に発動するため、次々と展開される精霊の盾と、集まる精霊達。
そして団長様や火竜さん達の前に光の盾がひらめいた瞬間に、緑の天蓋が暗く翳る。
陽光を遮られたような一瞬の跡、黒い炎が空から振り注ぐ。
精霊の盾の表面を炎が舐めて行った。
バチバチと火花が散る精霊の盾に、私は思わず自分の頭を庇ってしゃがみ込んだ。
精霊さん達がソラの近くに集まって悲鳴を上げる。
「まっくらー!」
「やだー!」
ソラは何も動揺していなかった。
すっと手を上げると、精霊の盾よりもさらに上に、池を覆うようにドーム状の淡い光の幕が現れる。
自分から遠ざかった炎に、精霊やイーヴァルさん、そして私はほっと息をつく。
やがて炎が途切れた。
枝葉の天蓋は消え去っていた。池の周囲には、黒ずんで炭になった木々が広がる。そのままの状態を保っていたのは、澄んだ水をたたえた池と、その中に立つ白い木だけだ。
頭上には、黒い竜の姿があった。黒い炎の原因はこの竜だろう。
そして木々が消えてしまった道の先、先ほど私達が到着した場所から近づいてくる人影がいくつか。
黒ローブ姿の男が三人と、白いドレスの女性……メイア嬢だ。
「精霊王か……」
黒いローブの男の一人がそうつぶやく。
私はそちらを注視しながら、彼らの向こうを気にしていた。
周囲の警戒にあたった騎士さん達は大丈夫だっただろうか? もしかして黒い炎にやられてしまったのでは……。
彼らが心配で、ぎゅっと握った手が震える。
ゴブリンの集落へ向かった時にも私を助けてくれたり、喫茶店の常連客になってくれていた人達。
今まで死んでも生き返れないゲームの中で、なんだかんだと言いつつ身近な人が死ぬことはなかったから、なおさらに怖い。
「いつの間に復活した。お前は排除したはず」
黒ローブの先頭にいた男が、フードを取る。
痩せた禿頭の人だった。顔のしわからは、おじいさんと言っていい年齢に見える。
ソラを凝視するその男の表情は、恨み続けた相手が生き返ったとでもいわんばかりの様子だった。
私はその時、彼らよりもずっと後方の、飛びトカゲ達の姿を目でとらえた。
舞い降りては空中へ上がる様からすると、何かと戦っている様子だ。
あの動きは見た事がある。騎士達が飛びトカゲで攻撃している時のもの。
「生きてる……」
たぶん他の騎士さん達はちゃんとあそこで戦っている。私はようやく握りしめた手から力を抜いた。
「僕は滅びてなどいないよ」
そう言ってソラが唐突に、私を背後から抱きしめるように腕を回してきた。
「えっ、ちょっ」
いや、今ってラスボス達と相対するシーンなんですよ?
意識が他にそれていた私も私だけど。ちゃんとこっちにも注意は払っていたんです。
そんな中、死の恐怖に怯えて支え合っているならいざしらず、こんな体勢になるってどうなんですか?
恥ずかしいを通り越して……すごく気まずい。
ただ禿頭の老人の方は、さほど気にしなかったようだ。
「それがもう一人の魔女か」
むしろ私が魔女だとわかって、ものすごくにらみつけてくる。ひぃぃ!
「ユラ……そして、精霊王様が、二人?」
メイア嬢は信じられないと言う目で私を……いや、私の後ろにいるソラを見ている。ていうか精霊王が二人って、え?
「本当の魔女はユラだけだよ。そして精霊王と呼ばれる存在も一人だけ」
団長様達は油断なくメイア嬢達を注視しつつ口を閉ざす中、ソラは淡々と返す。
「魔女は本来、精霊に祝福される者。魂を精霊が自ら分け与えた場合に生まれる」
私は思わずソラを振り返った。
彼は嘘をついていないよ、というように私に微笑みを見せる。
精霊に祝福されないと、魔女のスキルは与えられないってこと? でも私、精霊と融合したから魔女になったんだよね?
……ってそうか。精霊と融合をさせれば、強制的に精霊の魂を自分が受け取ることになる。だから魔女を作り出そうとした人々は、禁術を施し続けた。
でも、私とメイア嬢以外は、みんな死んでしまった。
それは精霊に祝福されなかったから?
「魔女はあなた様だけです、メイア様」
「ミタス……」
メイア嬢は不安そうに、振り返った禿頭の老人を見ている。
彼――おそらくソラが、メイア嬢を騙しているのだという人物は、ミタスという名前らしい。
「陛下に仕えていた、祭祀の一人だったミタス?」
フレイさんは彼の名前を知っていたようだ。彼のつぶやきに、ミタスは応じない。
「祝福ってどういうもの?」
私は話の腰を折るのを承知で、思わずソラに尋ねてしまった。でも団長様達もこちらの話に気持ちが向いているのを感じる。
どうして私が魔女になれたのかを、知りたいからだろう。
私も知りたい。
田舎町に暮らしていたひきこもり女が、どうして魔女になれたのかを。




