お茶の準備をします
「もう一人の魔女か」
精霊王という存在の前で引いてしまっているフレイさんやイーヴァルさん達とは違い、団長様はまっすぐにソラを見る。
ソラはうなずいた。
「君達が危惧する者達だよ、リュシアン」
そうしてソラはリュシアンに手をさしのべる。
「君にも辛い思いをさせたね。それでも剣を手放さずにいてくれてよかった。もうすぐ、君も解放されるから……」
「解放?」
団長様がいぶかしげに問い返すものの、すぐに何かが思い当たった表情になる。でも団長様はまず『危惧』について優先することにしたようだ。
「とにかくあなたが精霊王だというのなら、この聖域に私達以外の人間が入れないようにできないか?」
私の提案を少々改変して、この場にいる人間以外を排除することにしたようだ。
「できるだろうけれど、あまり意味はないかもしれないな」
「意味がない?」
「そう。ここを封鎖したイドリシア最後の王は、国が滅んだ元凶……イドリシアに敵国の者を手引きしたのが誰なのか知った上で私に願った。しかしその者にとっては、私が作った壁を越えることはたやすかった」
「たやすいって……ではどうして今まで、聖域を放置していたの?」
そこがさっぱりわからない。私は、イドリシアに王族以外は誰も入れないようにしていたから、タナストラに内通していた人も動かなかったんだろうと思っていたのに。
「単純に、ここへ入ることはできても、神に願うには魔力が足りなかったからだよ」
ソラは思い出すように目を閉じる。
「でも神を呼び出すために必要な魔力は手に入れた。魔女という形の器として。だからここへ来る」
「魔力の器……?」
え、魔力タンクとしてメイア嬢を使おうとしているの?
「それは阻止できないの?」
尋ねると、ソラは首を横に振る。
「僕だけでは難しい。だからユラ、君が神を呼ぶしか止める方法がない」
「神様を!?」
え、私が呼ぶの?
一方、ソラの言葉を聞いた団長様が問いかける。
「呼べば命が危うくなるのではないのか?」
「ユラなら大丈夫だよ。それは僕が保証する。彼女の魔力量なら、一人でも十分に神を呼べる。何より精霊達が彼女を守るから」
後半部は、少し離れた場所にいるフレイさんの隊の人達には聞こえない小声だ。
なんにせよ、ソラが勧めるのだから私が暴走することはないんだろう。でも。
「なんてお願いするの? 世界平和? イドリシアへの侵略をなかったことにする? 相手の魔力がなくなるように? そもそも禁術の使用をなかったことにするとか? 魔女のスキルが消滅するとか?」
思いつく限り並べてみたけども、最後は自分の願望ですよ!
魔女のスキルが消滅したら、私もメイア嬢も元に戻れるわけでして。国々を破壊するなんてエンドは迎えずに済むはずなのだけど。
「魔女のスキルの消滅を願うと、止める術が今後なくなるよ。言っただろう? 魔女には仲間がいる。彼は今の魔女が使い物にならなくなっても、時間をかけて捨て石を揃え、神を呼べばいいと考える。君が不安視している魔女の暴走は止められても、彼がアーレンダールまでも逆恨みをして、徹底的にアーレンダールは潰されるだろう。何より、叶える願いは一つだけだ」
「ひとつだけ……」
む、難しい。
お願いの選択肢を間違ったら、その後に待っているのは、ゲームの終わりとは別のバッドエンドだ。
しかも魔女の暴走という予期しない形ではなく、相手も必ず成功する形で神に願いを叶えてもらおうとするはず。その時に自分が魔女じゃなかったら、止める力すら持っていないことになる。
それはだめだ。
「願いをよく考えて。君なら選べる」
ソラはやさしく微笑んでいるけど、私の頭は真っ白だ。
「え……っと、その、ソラを強化しても神は呼ばなきゃだめかな?」
ソラがもっと強くなったら、敵を跳ね返せるんではないか。いまここにいたってもまだ、私は戦わない方法を探してしまう。
「戦う時間を減らすことはできるだろう。そのためにも、君のお茶をもらいたいな」
「え……」
驚いた。だってソラは、一度だって私のお茶をねだったことがない。呼び出すにも必ずお菓子を使っていた。
そのソラがお茶が欲しいと言う。
お茶を飲みたいってことは、ソラには何か回復すべきものか、強化する必要があるんだろう。
「できればここの精霊達にも振る舞ってほしいな。ユラは確か、沢山花の砂糖漬けを作っていただろう? お茶にそれを足してくれたら精霊でも飲める。あとお茶をしたら、何か思い浮かぶかもしれないよ」
「わかった。それで少しでもどうにかなるなら」
私はお茶の準備をすることにした。
幸い、何かあった時のために、水筒をいくつも準備してあった。朝までいた野営地で出発前にお湯を沸かして、水筒に詰めてある。
少し冷めていたのでそれを沸かす。
ソラがいいという砂地で薪を燃やすと、すぐにトカゲ姿の火の精霊が現れて踊り出す。
「ぴかぴかにしてね」
「綺麗なお茶にしてね」
「お花が浮いてると綺麗で甘いよ」
踊りながら催促する精霊の言葉にうなずき、私は葉を入れたポットにお湯を注ぎ、そこに魔力をそそぐ。
その間、団長様はフレイさんの隊の騎士達を周囲の警戒にあたらせて少し遠ざけた。
「ユラは精霊王に茶を飲ませてどうにかするらしい。邪魔されないよう、近づいてくるかもしれない敵に警戒してくれ」
命じられた騎士達は飛びトカゲのいる場所へ戻って行く。
「あの、大丈夫ですか? 戦力が減ってしまうのでは……」
私が心配して言うと、フレイさんが「大丈夫だよ」と請け負ってくれる。
「精霊王が止められない相手だ。下手に彼らを側に置くと、彼らが生き残れないかもしれない」
「なるほど……」
団長様達は、彼らの命を心配してそんな指示を出したのだ。もちろんフレイさんの隊に弱い人はいない。
でも相手が相手だ。
魔女と魔女を操れる人間がいて、しかも精霊王のソラでさえ止めきれないなんて……相対した時に、一体どうなるのかわからない。
「精霊王が味方につくとはいえ、万が一にも君が全力を出せずに怪我をしては困る。むしろ彼らには、敵に配下がいたら掃討してもらった方が、こちらとしても集中できていいからね」
「役割分担ですか?」
「そういうことだね」
フレイさんに説明されて、私は納得した。
確かに主力へ対応している時に、敵の配下から攻撃を受けるとか、本当におそろしい。
それを減らしてもらい、かつ、私が自由に魔法を使って防御できるのなら、その方がいいだろう。




