そして私はフレイさんに言った2
「フレイさんが魔女から元に戻すと言っている方法は、それですよね? でも私の今の魔力量は、普通の人が持てる量ではありません。私は……フレイさんを死なせたくはないんです」
そこで私は微笑んでみせた。
「魔女なのはもう、私の個性だと思うことにしました。だから、私の魔力を引き受けようなんてしなくていいんですよ。……同郷の人がしたことだからって、後ろめたいなんて思わないでください。だって辛いことばかりではありませんでしたから」
フレイさんはぼうぜんと私を見つめている。
「みなさんと知り合えたし、精霊達とも話したり、火竜さんともおしゃべりできるようになって私、けっこう楽しんでいるので。だから無理して私を元に戻して、フレイさんが死んでしまうのは嫌なんです。それに、告白ついでにそんなこと言われても、フレイさんが亡くなった後で私がショックを受けて後を追ったらどうするんです?」
ちょっと詰るように最後の言葉を口にすると、フレイさんは困った表情になる。
「……俺がやろうとしていたことは、確かに君の言う方法だった。君に好きだとささやきながら、そんな提案をするなんてと思うのは、当然かもしれない」
でもね、とフレイさんは続ける。
「君を戻すためには、少しでも心に残ってくれないといけないんだ。心を預けられるほどの相手になれないと、君を普通の女性に戻す術は使えない。どうしてそんな術になったのかは知らないが……。たぶん理由があるからだろうね」
フレイさんは私の目を覗き込むようにじっと見つめる。
「相手のために死ねると思えるかどうか。そう決断できなければ、途中で術をあきらめてしまうからだと思ってる」
「それは……」
なんて重い言葉だろう。
今まで、好きだと示されてもフレイさんがからかっているだけだと思っていた自分が、とてもひどいことをしていたと感じて、反省する。
冗談に違いないよと思っている私に、フレイさんは命をかけて私に自由をあげたいから、好きになってほしいと語り続けていたのだから。
「俺は、君だからこそ魔女という呼び名から解放してあげたかった。たぶん他の人だったら、術は使えないだろう」
「私、そんな風に思われていい人間じゃありませんよ、フレイさん」
一度唇を噛みしめて、フレイさんに白状する。
「とてもずるい人間なんです。嫌われたくないから、いずれ私から離れていく時まで友達のように仲良くしていてほしくて、だから私は、フレイさんに色々言われても返事ができないんです……」
遠回しでも、答えを言ってしまった。
あなたに答えられない、と。
もし団長様と会えていなかったら、フレイさんの手を取っていただろう。そして魔女のままでいいから、一緒に生きてほしいと願ったに違いない。
それぐらいフレイさんは素敵な人だと思う。
するとフレイさんが笑う。
「ユラさん、ずるいのは俺の方だよ。最初、イドリシアの人間だと告白するのをためらったのは、君に嫌われたくなかったからだ。本当は、もっと早くメイアのことも言えたのにしなかったし……君にとって不利なこともしてしまった」
「不利、ですか?」
「魔物達が集まっていた場所。置いてあった魔力を集めていた石をメイアに渡したのは、俺なんだ」
息を飲みそうになった。
それを寸前で止めたのは……私がショックを受けたと思って、フレイさんがもっと自分を責めるかもしれないと考えたからだ。
一方で、フレイさんがそうした理由はわかる。
故郷の人を守ってくれたメイア嬢の頼みを断り切れなかったんだ。みんなで死にかけながら国を捨てて逃げてきたところを救ってくれたのは、メイア嬢だ。
でなければ、イドリシアからの難民の人々は、今も居場所を求めてさまよい続けていたかもしれない。
そんな恩人を相手に、最初から敵対することなんて、できないだろう。
「もし、私がフレイさんの立場で、死んだお祖母ちゃんから同じことを頼まれてしまったら……悩むと思います」
人の命を勝手に奪った集団と、お祖母ちゃんが行動を共にしていたら?
そして被害にあったのが自分じゃなかったら、ものすごく困っただろう。
そうして一度だけ手伝って、以後は手を貸さなかったかもしれない。
割り切って、全て正しく行動できる人ばかりじゃないのだ。
でも、こうして告白してくれたのは、フレイさんが私に誠実であろうとしてくれたからだ。
「そんな風に言ってくれる君だから……好きになったんだ。だけど君が、誰を見ているのかはずっとわかっているつもりだよ。本当は、奪ってしまえたら……と思ったんだ。そうしたら魔女のままの君と、イドリシアからもアーレンダールからも離れたところで、ひっそりと生きて行こうと思った」
「フレイさん……」
応えていたら、フレイさんは故郷もなにもかも捨てる気だったの? 団長様もそうだったけど、一時の感情に流されているだけってことはないよね?
例えば、私は捨てるのに慣れてる。
前世の記憶がある分、慣れ親しんだ場所から離されて、別の町で生きていくことへのこだわりは少ない。
故郷にはお祖母ちゃんもいなくなったし、恋心と優しい人達から離れる怖さだけ我慢すればいい。
でも私と違って、フレイさんも団長様も、きっと後悔する。
フレイさんは一度故郷から逃げなければならなかったけれど、二度と戻れないわけじゃない。それよりも親しいものや故郷から遠ざかった後で、その理由を作った私のことが少しでも嫌いになった瞬間があった時に、辛くなってしまうだろう。
私を憎んでほしくない。恨めしく思ってほしくないから、その提案だけは拒否しただろうなと思う。
「私のために命をかけてるなんて、怖いことを言わないでください。別に魔女だからって死ぬわけじゃないですし。このままみんなが黙っていてくれればいいことですから」
ひっそりと消えるのは私だけでいい。
だからフレイさんの申し出は、遠回しに断ったのだった。




