そして私はフレイさんに言った1
その日、私達はイドリシアの一歩手前にある山中で野宿をしていた。
飛びトカゲや竜に乗って移動している私達は、タナストラの町にほいほい降りるわけにはいかない。
ので、野宿をしている。
なにせ国境の砦を出発したのが、おやつの時間を過ぎた頃だ。
いくら竜や飛びトカゲ達の飛行速度が速くても、イドリシアに到着するのは夜になる。夕食の支度のことも考えると、その手前で野宿をはじめなければ、夕食も作れない。
ただ、敵国なのにゆっくり野宿をして大丈夫かな? と不安にはなったけど。
団長様曰く「大義名分があるから問題ない」とのこと。
タナストラの兵や騎士がやってきても、国王の書状を見せて王都や国境まで連絡に走らせればいいのだ。なんて平然と言ってのけた。
団長様肝が据わってる……。
フレイさん達も団長様の言葉にうなずいてさっさと野営の準備をするので、私以外はみんなそういう認識だったようだ。
野宿の準備はしていたので、薪を集めて火をつけたり、食事の準備やテントの設営などは問題なくできる。
私はもっぱら食事の支度の方を担当した。そこそこ食べられる物を作れてほっとしていた。最近はお菓子とお茶ばっかり作っていたから……。
しかも食べる人の中に、団長様がいるのだ。
自分にプロポーズまがいのことをした人に、手作りの料理をふるまうって……ものすごく緊張する。
団長様以外も食べることを考えると、手が震えそうだった。
私は『不味かったら土下座しますので許してください!』と言って、作ったスープを振る舞った。口直しの紅茶も準備して。
でもみんな、美味しかったと言ってくれてほっとする。自分で食べても、ちゃんと自分が思い描いたスープらしくなっていて心の底から安心した。
食後の片づけは、夕闇が迫る中急いで行った。
火竜さんに小さな炎を吐いてもらえば、やや暗くなった川面も光を反射して明るい。
「我はランタン代わりではないのだがな」
「まぁまぁそうおっしゃらずに。火竜さんのご自宅に近づいてきてますし、ちゃんとお約束を叶えようとしているご褒美だと思ってくださいよ」
おだてると「まぁ……叶いつつあるから許容してやろう」と、火竜さんはぼわっと火を吐いてくれるのだ。火竜さんも丸くなったなぁ。
それでも心配して、フレイさんがついてきてくれていた。
「またあいつらが来ないとも限らないから」
とフレイさんが警戒しているのは、拉致犯達のことだ。
私が彼らを見て動揺したり、呼吸困難に陥ったことでフレイさんは不安に思ったんだろう。確かにあんな様を晒すようでは、どれだけ魔力があっても隙を突かれて殺されかねない。
だから有難くフレイさんに付き添ってもらったのだけど。
フレイさんは、周囲の警戒のために数歩離れた場所に立っているのだけど。じーっと私のことを見ていた。
やっぱり一挙一動を見守られ続けるのは居心地が悪い。
「あの、もうすぐイドリシアですね」
だから話を振ってみた。
きっと気になっているだろうし、団長様とイーヴァルさん、そして私しかフレイさんの故郷がイドリシアだとは知らないから、誰かと話し合うのも難しいだろうと思って。
「そうだね。懐かしいという気持ちよりは、どうしてか近づくのが怖い気がするけど」
辛い思い出がある場所だからだろう。
故郷であり、親しい人達を失った場所でもあるから……。
フレイさんはかける言葉を探して黙ってしまった私に、小さく笑う。
「気にしないでいいよ、ユラさん。俺はそういう場所だとわかっていて行くんだ。自分の大切な故郷や同じ国の人達の名誉が、これ以上傷つけられないためにもね。……全てのイドリシア人が魔女を作ってタナストラを滅ぼす計画に、賛成していたわけじゃないから」
「フレイさんがそう考えてくれて、本当に良かったと思います」
私は心の底から言った。
自分の直近にいて信頼しているフレイさんが、メイア嬢に賛同し「故郷の人々を裏切れない!」なんて言いながら敵になってしまったら……もう速攻で私、死ぬでしょ。
不意打ちとかには対応できないもの。
火竜さんが側にいるようになってからは、なんとかできたかもしれない。けど、火竜さんだって側に居続けてくれるわけでもないし。
喫茶店でお客がいない時にブスリとされたら、一瞬であの世行き間違いなしだ。
本当にフレイさんが味方で良かった……。
「君がそう言ってくれて嬉しい」
フレイさんが、食器をまとめてカゴの中にいれた私の手を握る。水を使って冷たくなっていた私の手に、その温度は温かすぎて、驚いて引っ込めそうになった。
けれどフレイさんにぎゅっと握られる、逃げられないように。
「フレイさん、その、手を……」
誰か、フレイさんを止めてくれないだろうか。そう思ったけど、唯一側にいた火竜さんは、遠くへ飛び立ってしまった。
えええええ! 火竜さんに見捨てられた!
「団長に握られるのはそんなに嫌がらないのに、俺じゃだめかい?」
ぐっと言葉に詰まる。
フレイさんが嫌なわけじゃない。でも、団長様の口づけを嫌がらなかった私が……別の人の手まで受け入れるのは不誠実すぎる。
うん、もうわかってるんだ。
たぶん私、これが団長様にされたことだったら手を引っ込めたりしなくなってる。本物の首輪をされても、受け入れただろう。
あの人に、自分だけを見つめてもらえるのなら。
……団長様の人生の邪魔にならない身分を持ってるとか、後ろめたくなる背景とかがなかったら、団長様から離れようなんて考えたくなかったはず。
そもそも何を命じられても従うと思えたのだから、もうあの時点で私は、救いようもないほど団長様のことを思っていたのだ。
そんな私が、フレイさんのことを繋ぎとめているわけにはいかない。
嫌われるのが怖いから、受け入れられないと言えないだけで。意気地なしの私が悪いんだ。
「君の気持ちが、今すぐに全て欲しいわけじゃないんだ」
情熱的すぎる言葉に、私は顔が赤くなりそう。でもフレイさんは、真剣な表情で……まるで恋愛について語っていないような感じがして。
それに気づいた私は、ふっと冷静になる。
「俺が側にいることに慣れたら……。少しでも離れた時に、寂しいと思ってもらえるぐらいには思ってほしい。俺が望むのはそれだけだよ」
「離れた時って」
一体どういうこと?
好きだという話をしているのに、それとセットで離れることを考えているらしいフレイさんに困惑する。
「人の心は揺れるものだからね。俺を選んでくれたとしても、側にいるうちにやっぱり他の人の方が……とか、俺と一緒に居続けることが辛くなるかもしれない」
フレイさんは、もう別れを意識しているらしい。
いや、最初から側に居る気がない?
親しい人と戦争で離れ離れになったせいだろうか……と考えた私だったけど、ふっとソラの話が記憶の底からよみがえる。
――その人物が君の魔力を引き受けると死んでしまうよ。魔女じゃないのなら、なおさらだ。
私が魔女じゃなくなる方法があると言ったフレイさん。だけど精霊の王様だというソラは、それは誰かが魔女の魔力を引き受け、死ぬことで解放する方法だと教えてくれた。
フレイさんは、この一件が終わったら、私は外国へひっそりと移住するつもり、なんてことは知らない。
そんな彼が『離れたら』なんて言うのだから、例の件しかないだろう。
「……私、精霊に聞きました。私が魔女じゃなくなるためには、誰かが私の魔力を引き受けなくてはならない。でもそんなことをしたら、魔力を引き受けた人は死んでしまうと」
知っていることを伝えると、フレイさんはハッとしたように目を見開いた。




