副団長さんはおびえています
とにかくお尋ねを頂いているので、オルヴェ先生の居場所を答えなくては。
「今オルヴェ先生は、訓練場に出ております。あと半時ほどかかると思います。お待ちになりますか?」
待つなら先生の診察室に近い部屋に連れて行かなければと、私は立ち上がった。
それをハーラル副団長は慌てて止めた。
「待つが、ここでいい! ここにいるからオルヴェが来たら教えてくれればいい」
「そうですか?」
「上だと団長殿に会うかもしれないだろう」
……徹底的に、リュシアン団長様を避けてますねそれ。仕方ない。
でもね、私も見えているわけなんですよ。精霊。
こっちはなんだか、葉っぱみたいな羽と八重咲のスイセンみたいな衣装を着た精霊だった。ただし顔はちょっと間違えると宇宙人みたいな形で髪の毛……らしきものは玉ねぎみたいな形で逆立っている。
「クツクツクツ」
出しっぱなしだった画面に、精霊の言葉が表示される。
《混乱の精霊「クツクツクツ」》と。
これ、混乱の精霊だったのか……。ゲームでは、団長様が追い払って終了だったはずだし、人のプレイ日記しか見てないからわからなかった。
しかしここで明かしていいものだろうか? ゲームの流れを阻害しない方がいいのか悩む。
考えながら、ハーラル副団長に座ってもらう。
すると、団長様に会わずに済むと考えて安心したんだろう。ハーラル副団長が、私の紅茶の匂いに気づいて首をかしげた。
「不思議な茶の匂いがするが……」
「あ、何かお出ししますか? これは私が自分用に適当に茶葉を合わせたものなので、普通のヘデル茶をお出ししますよ」
安全なものだとはわかっているけど、好みもあるのでそう申し出ると、ハーラル副団長が興味を引かれた表情になる。
「ほう、茶葉を混ぜたのか。気になるな。どんな味だ?」
……ここの騎士団の上役の人って、珍しいもの好きが集まっているんだろうか。
ただ今度は安全だとわかっているし、団長様からも許可をもらっているから、振る舞っても大丈夫だろう。
では、と私は多めに作っていたので、アーモンドティーを淹れて差し出した。
筋力がちょこっと上がるだけだし。
飲んだハーラル副団長も、問題なさそうな顔をしていた。むしろ筋力が上がったことに気づいていない疑惑がある。そりゃそうだよね。たった五ポイントだもん。
と思ったら、副団長さんが持っていたコップの取っ手を破壊した。
「!?」
びっくしりて飛びのくと、副団長さんも目を丸くしていた。中身は飲み干していたし、コップの残骸はテーブルの上にゴトリ、カチャリと落ちただけで済んだけど。
「なんだこれは……。何か魔法を使ったのか!?」
「いえ、魔法を使ったっていうより、魔法が付与されたお茶だったんですけども、こんなことになるわけがないというか」
私も筋力増えたけど、ちょっと握る時の力加減が違うくらいで、コップを壊すようなことはなかったの。
ハーラル副団長だって、体もがっしりしているからかなり筋力がある。特定のスキルレベルを上げたら+五になることもあるし、そういうのに慣れていないわけじゃないはず。
と思ったら、ハーラル副団長の頭の横に浮いていた精霊が、手を叩きながらくるくるまわって飛び始めた。
このはしゃぎっぷり……まさか精霊のせい?
「魔法付与? そうか、お前はまさか。新しく雇った討伐者か!」
がたっと立ち上がるハーラル副団長。
「精霊が見えると聞いたぞ! まさかまさか!」
バレたのなら仕方ない。私はうなずいた。
「はい。副団長様の側にいる精霊の姿が見えています。混乱をもたらす精霊のようですね」
素直に告白したら、
「ひぃっ」
ハーラル副団長が頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。
「……あの、そんなに怯えなくても」
いると言っただけで、こんな態度をされることになるとは思わなかった。なんとか立ち上がってほしくて、ハーラル副団長の側に歩み寄って言う。しかし彼はしゃがんだまま移動するという、妙な行動までとって距離をとろうとした。
「お前は、知ったからにはあの公爵団長殿に言ってしまうんだろう!? やっぱりだめだ……わしはもう団を辞める! もう田舎に帰るしか……!」
「えっ!?」
それは困る! と私は焦った。
このたたき上げのハーラル副団長さんは、とても強いし状況判断も優れた人だ。
もしゲーム通りに魔女があらわれた時に、副団長さんという戦力がいないと困る!
「言いません、言いませんから、辞めるだなんておっしゃらずに!」
「しかし人は口がゆるんで、ついうっかり言う者もいる。口約束では信用できぬ」
「どうしたら信じてもらえますか?」
困ってしまってそう尋ねたら、副団長が呻くように言った。
「言葉だけで、信じられるものか。……そうだ! 口外したらわしはすぐに辞めるが、いずれ王国の視察使が来る。その時にあることないこと吹き込んでやるからな? そうしたら、お前はもうこの騎士団にはいられなくなるんだからな!? どうだこれで口外できまい?」
脅すことで担保を得ようとしたハーラル副団長だったけれど、そう言いながらもちらちらと私の様子を伺う。他に思いつけないから脅したんだろうけど、こんなことを言ったら私が泣くかもしれないと、不安になったんだろう。
むしろそれぐらいで了承してもらえるのなら、問題なさそうに思えた。




