私の疑惑を誤魔化します 1
門前にいた騎士から連絡を受けて、この隊長さんは急いで精霊教会の人を呼びに行かせたという。
こちらも早々に試験が終わるのならそれに越したことはない。
「ところで先に聞いておくが、その女がそちらの騎士団にいる理由は何だ?」
タナストラの隊長さんが、いぶかしげな目を団長様に向けた。
「ああ、これは討伐者として登録している」
「では魔法は使えるのだな?」
「初級ならば」
「初級?」
タナストラの隊長さんの頭の上に、『?』が見えた。
初級の魔法しか使えない人間を騎士団に置き続けている意味がわからないだろう。ちらっとイーヴァルさんの方に視線をやったところからすると、
『やっぱり気に入った女を置いているだけじゃないのか?』
と言いたかったのかもしれない。
でも違うんですよ。私の言いたかったことは、団長様が代弁してくださる。
「この娘は騎士団で喫茶店を経営している」
「……は?」
タナストラの隊長さんの目が丸くなった。あ、またイーヴァルさんの方を見た。なんか『正気か?』って言ってる表情に見えるんだけど。
「騎士団の城で喫茶店を経営するというのは、不思議に思われるでしょう。しかしこのユラの作る茶というのは、疲労回復効果に魔力回復、体力回復効果、治癒効果もあるのです」
「それは魔法薬ではないのか!?」
「いえ、茶なのです」
イーヴァルさんがおごそかに返答した。
ぽかーんとした表情で、タナストラの隊長さんは二の句が継げなくなる。
「まぁ、おかしな茶だからな」
火竜さんがぼそりとつぶやいた。
おかしくてもちゃんと味と香りが紅茶なら、私は満足です。
タナストラの隊長さんは、ややあってからハッと我に返った。
「しかし喫茶店とはどういうことだ。薬として売ればいいではないか。高価すぎて飲み物として売るには高すぎるだろうに」
「いえ、一杯あたり三クレスですが」
三百円くらいだと言われて、ますますタナストラの隊長さんは鳩が驚いたような顔になる。
「わけがわからん……回復量が微量なのか?」
「それほど多くはありません。が、そもそも疲労が回復できる魔法薬というものがありませんので。それを期待して毎日のように通う人間がいますよ」
「なるほど。回復量がそれほど多くはないからか」
イーヴァルさんのその返事を聞いて、少し納得してくれたらしい。
まぁ、回復量を増やしたお茶も作れるっちゃ作れるんですが。そんなことが知られたら、ますます魔女扱いされるので自重しています。
もちろんイーヴァルさんは、魔物にも飲ませただとか、魔物を大人しくさせることもできるとか、魔物からオーダーされるだとかそんなことは言わない。
「では一応、その茶を作っている時に魔法が使われるというのなら、精霊教会の司祭にその様子を確認させる。いいでしょうな? リュシアン団長殿」
タナストラの隊長さんの言葉に、団長様はうなずいてみせた。
そんなわけで、一時全員で待機できる場所へ移動する。
待機の部屋に入ると、火竜さんはパタパタと羽ばたいて、一人用のソファを陣取っていた。
ほっこりとその様子を眺めていると、フレイさんが質問してきた。
「それで、司祭達に飲ませるお茶の用意は大丈夫なのかい?」
「ばっちりです! ちゃんとこういう時に効果のあるお茶を用意しました」
「こういう時に、効果?」
聞きとがめたのは団長様だ。
しかし私、警戒されるようなことをしたっけ……? しばし考えるがわからない。首をひねっていると、団長様のご下問があった。
「ユラ、どういう効果があるものを作る気なんだ」
「ええと、まずは基本の疲労回復のお茶を出します。それで安全だと納得していただけたら、ちょっと変わり種のお茶ですよってことで、気持ちがふんわりと和らぐお茶を出すつもりです」
「二杯目の茶について、具体的に」
「ワインとはちみつを突っ込みます」
「お酒を入れるのかい?」
フレイさんが目をぱちくりする。
あ、この世界じゃ入れないのかな? お茶にお酒。わりとありそうだと思うんだけど……と考えたところで気づいた。
そうだ。ヘデルは元々ほうじ茶みたいな味だった。そこにワインやビールとかウイスキーを入れるのは勇気が必要だ。コーヒーリキュールもこの世界にはなかった気がする。
だから伝わりやすいものを頭の中で探した。
「ええと、お菓子にもラム酒使いますよね? そんな感じのものです」
ひどい説明だが、お茶にお酒を入れる雰囲気がこれで多少は伝わったようだ。
団長様に「効果は?」と聞かれる。
「疲労が回復しつつ、ふわっとした気持ちになります」
「……酒を飲んだのと同じ状態になるということか?」
「それなら酒を出せばいいのでは?」
イーヴァルさんのツッコミに、私は胸を張って答えた。
「いえ。アルコールの効果みたいに酔って心のタガが外れると言うより、温かい布団の中で二度寝するような感覚になるのです」
「ああそれでふわっと……」
フレイさんがようやく理解した、という表情になる。
「ふわっとした気分になるので、酔って人事不省になるとか錯乱するとかはないので、騙されたという感覚にはならないはずです。ただ穏やかな気持ちで話ができるので、言いたくないことを口走る恐れもなく、先方が操られたと勘違いすることもないでしょう。ただただ、普段より和やかな気分になるだけなので……火竜さんのことを話した時にも、するりと受け入れてくれやすくなるのではないかなと」
私の魔女疑いについては対策をいろいろ立てているけれど、火竜さんについては嘘を信じ込ませなければならないのだ。これぐらいは細工をしておきたい。
「和やか……。いやしかし、心を強制的に和やかな気持ちにさせられている、と思われるのではないか?」
心配そうな団長様。
「まぁ、アルコールが入っているので、ちょっとふわっとした気分になりますよと言えば大丈夫ですよ」
「アルコールのせいだと、言い訳がつくのか?」
「全員で飲めば、騙すために飲ませたとは思われないでしょう。ついでに優しい気持ちになればなるほど、お茶を作るだけの私を魔女ではないと認定しやすくなってくれると期待しています」
という目論見から開発したお茶なので、私はぜひ振る舞いたかった。
みんな平等にふわっとなるのなら、問題あるまい。
私の話を聞き終わり、こめかみに指を当ててうつむいた団長様が、数秒経ってから結論を出した。
「二杯目は、一応飲むかどうか確認してからにするように」
「わかりました」
もちろん希望者のみ、という形の方が、より私が魔法で無理に従わせたわけではない、と納得してくれると思うので問題ないのだ。
そんな話をしていたら、ようやく精霊教会の司祭が到着したということで、別室に呼ばれた。
団長様は、ソファーの背もたれに鎮座していた火竜さんを振り返った。
「行くぞ」
「ぞんざいな呼び方をしおって……」
文句をいいつつも、火竜さんはもう一度団長様の肩に乗る。
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