そして魔女を止める方法は
私は必死で考えた。
できれば戦わずに済む方法がほしい。なにせ魔女同士で戦って、他に被害が出ないわけがない。それにゲームで魔女が暴走したのも、戦闘の結果ということになっている。
それに戦ったら、メイア嬢は魔力を暴走させてしまうと私は予測している。
ゲーム通りの結果は避けたい。
「メイア様をどこかで足止め……、いや、魔力を使わせない方法なんてないよね?」
魔力そのものについては宗教染みた話のことしかわからない。
例えば、かつては悪魔が世界を滅亡させようとして振るっていた力だったとか、それを神が浄化して、精霊達や人にも使えるようにしたから魔力という名前になったんだとか。
でもそんな私のつぶやきに、ソラが「ああ」と明るい声を出した。
「たぶんある程度はできるんじゃないかな」
「え、魔力を使わせないことが!?」
そしてある程度ってどういうこと?
「もう一人の魔女が、君のお茶を飲んでいたから、何とかなるだろう。あとはもう少し下準備したら、可能だと思う」
「下準備?」
「魔女は最終的にイドリシアを目指す。そこで神を降ろそうとして……おそらくはその術を制御できずに力を暴走させる。本来ならタナストラの側に立って、周辺国に被害を与えたことで討伐されて暴走するのだろうけど、神を降ろすことも彼女は耐えられないだろう」
ソラが見てきたように語ることに、私は気づいた。
「まだ……言えないの?」
ソラが未来の知識を得ている理由を。
「ごめんね、ユラ」
ソラは謝りながら私の髪を撫でる。
どういう理由かはわからないけれど、口には出せないらしい。だけど今日はもう一つ、確認しておきたかった。
「私が知っている理由を聞かないのも、もしかして全てわかっているから?」
――ソラは……転生者なのだろうか。
そんな疑いが首をもたげる。
だったら説明がつくのだ。ソラが未来の知識を持っていることも。精霊にプレイヤーみたいな存在がいることも、精霊の王様だというソラの力か影響のせいであれば納得できる。
そしてもう一つ。転生者が意外に多いのではないか、ということ。
しかも精霊に。
火竜さんもゲーム知識を口にしている精霊を見たと言っていた。
だとしたら……ちょっと怖い想像をしてしまう。
もしかして私の前世の記憶も、融合した精霊のものだったとしたら?
心はたぶん人間のユラのものだとは思う。精霊とは考え方も違うって感じるから。でもひきこもりだった私が他の人達と普通にかかわっていられるのは、前世の記憶のおかげだ。
そんな重要な記憶が、他者のものだったと考えるのは少し怖い。
でも知りたかったけど……ソラはまだ首を横に振る。
「ごめんね……まだだめなんだ」
「うん、わかった」
これだけ私に色々と教えてくれるソラが、これだけは言えないというのだから、事情が許さないのだろう。私は諦めて、次に進むことにする。
「それで、下準備って?」
「イドリシアの精霊達に紅茶を飲ませることだよ」
たぶん精霊さんを強化するなり協力してもらうために、それが必要なんだろう。
「本当はタナストラの精霊にもそうしたいんだけど、数が少なすぎるのと時間がないからね」
「タナストラに精霊が少ないってどうして?」
「タナストラは周辺国を攻撃するにあたって、精霊から力を絞り出して魔力に変える魔術を使っているんだ。イドリシアを侵略したのも、国土が欲しいのと精霊が欲しくて、というのが理由だろう。だからタナストラは精霊が少なくて、だんだんと大地の恵みも減ってる。
タナストラ側も気づいているからこそ、自国の精霊がいなくなって完全にその武器が使えなくなる前に、周辺国を併合してしまおうとしているんだろうけれどね」
目的達成までは精霊を使いつぶし、その後なんとかして増やすか、併合した国から作物を取り上げてやりすごすつもり? 無茶すぎる。
昔話で、精霊が絶えた土地は荒れて百年先まで実りが望めないとか聞くけど、百年も他国から自国の民のために食べ物を取り上げたら、併合した国の人が飢えてしまう。
いや、もうタナストラの状況はけっこう悪くなっているのかもしれない。
「……色々なクエストが起こる前に、イドリシアでメイア嬢の魔力が使えないようにしなくちゃ」
本来のゲーム通りだったなら、イドリシアで魔女と決戦をする前に、タナストラがアーレンダールなどへ攻撃をしかける。その度にただでさえ少ないタナストラの精霊達も枯渇してしまうのではないだろうか。
私のひとり言に、ソラは微笑んだ。
「気をつけてユラ。魔女と、魔女を作り出して利用しようとした人間は別だ。もう一人の魔女は、その人間に騙されている状態なんだ」
「騙す? イドリシアをタナストラから取り戻そうとしているんじゃないの?」
「いいや、魔女を作り出した人間は、ただ自分の望みを叶えたいだけなんだ」
「利己的な理由でタナストラを滅ぼしたいの?」
「そうだね。誰かのためを思っての行動じゃないことは確かだよ。あまり多くはまだ言えないけれど」
なるほど。
タナストラを滅ぼしたいのは確かでも、それはイドリシアの人々が帰れるようにするためとか、侵略された母国を奪還するためじゃないのか……。
「そういえば、ソラって精霊の王様だったんでしょう? イドリシアを助けられなかったの?」
精霊の王様なら、かなりの力を持っているはず。実際、私を連れて別な場所まで瞬間移動したりと、ソラは様々なことができる。
でもソラは首を横に振った。
「あの時の僕にできることは、ほんの少しだけだったんだ。けど、時の果てで手を伸ばす機会がようやくめぐってきた」
一度言葉を切って、ソラはじっと私を見つめる。
「……ユラ、僕は本来なら国というくくりのことはあまり執着がないんだよ。ただ存在を失っていく精霊達を助けたいんだ……そして、君も」
ソラはせつなげな表情になる。
「君には重荷を背負わせてしまった。だけど君にしか頼めない。イドリシアに残る精霊達に力を与えて。そして魔女の魔力を使わせないようにするんだ。君のお茶を飲んだ者は――」
秘密をささやくように、ソラは声を落とした。
「君が相手の魔力を操れるようになる。魔力どころか、相手の行動さえ」
「魔力や、人を操るって……」
そんなことができるのなら、確かにそれは魔女と呼べるんだと思う。
「イドリシアに行ったら、僕のいる場所へ来て。そこで――」
ソラは目を丸くしている私に必要なことを説明してしまうと、苦笑いしてふっと姿を消してしまう。




