先にソラを呼び出しましょう1
話が終わり次第、私は団長様の執務室を出た。
さて、火竜さんはただいま空の散歩中だ。
だからまず、測定石の誤魔化し方について相談しよう。精霊さんの力で、カモフラージュできればいいんだけど……。
私は喫茶店に戻った。
そしてポケットに入れていた紅茶入りクッキーを取り出す。
「精霊召喚……」
テーブルの上にクッキーを置き、ステータス画面を呼び出す。
LV10になっている精霊召喚の技を選択。
《召喚しますか?:要おやつ一個 Y/N》
私はYの表示に触れた。
するとゴブリン姿の精霊が五匹、ぽぽんと卓上に現れる。赤い花のリースを首にしているので、多分火の精霊。
私はさっそく質問した。
「ソラを呼び出すのは、まだ光るクッキー一枚でいい?」
《火の精霊:オッケー!》
精霊さんのグッジョブサインを見て、私はもう一つクッキーを取り出して光らせる。
見た目的には、相変わらず微妙な代物だ。
召喚用クッキーを食べ終わったゴブリン精霊達は、私がテーブル上に置いたクッキーをわっと囲んだ。
《火の精霊:コンコーン、ノックするよー》
《火の精霊:王様ユラから通信―》
《火の精霊:着信着信!》
《火の精霊:早くでてー》
めいめいに好き勝手な呼びかけをして、繋ぎあった手を挙げる。
とたん、ぴかっとクッキーの光が増し、その光が視界を覆ってすぐに消える。
光の代わりに現れたのは、司祭みたいな白の長衣の黒髪の男性……ではなくゴブリン顔のソラだった。
「やあユラ。どうしたんだい?」
「先日は、魔物の一件について助言をありがとうソラ。今日は魔女だということを隠すというか……魔女じゃないって証明をしてみせないといけなくなったの。それで、測定石の結果を誤魔化せないかと相談したくて」
「測定石ね……ちょっと出してみてくれるかい?」
言われて差し出すと、ソラが自分の手のひらの上に乗せてささやいた。
「でておいで」
その呼びかけに従って、測定石が花開く。赤い八重の椿の花に似た形になった石の中心から、ひょこっとゴブリン顔の精霊が出てきた。
もしかしてこの子、測定石を登録しに行った時、石に飛び込んで行ったゴブリン精霊?
「全ての線を……そうだね、魔法使いの初心者みたいな数字にできるかい?」
ソラが頼むと、オッケー! とばかりに親指を立ててもう一度ゴブリン精霊が石に帰っていった。
そして石の花びらに沿うように広がったMPや熟練度のラインがみるみるうちに引っ込んでいく。
「おおおお」
見る間に線だけ見るとHPは百、MPも150程度の『村娘が駆け出しの魔法使いになったらこんな感じ』の長さになっていった。
「ありがとうソラ!」
これでタナストラに測定石を堂々と見せられる。精霊さんには口止めしているし、問題ないだろう。
「あと聞いておきたいことがもう一つ。ソラ、魔女を止めるにはどうしたらいい?」
ソラは知っているはず。
彼は未来のことを話せないだけだ。でもゲームという形でこの物語を終わりまで知っている私と、同じだけの知識があるはず。
そしてソラは精霊だ。
戦って倒せばいいだけのゲームのプレイヤーでも、戦っても倒しきれずに世界を滅ぼすよう設定したゲームの運営でもない。
だからこそ、魔女を止める別な案を持っていないか聞きたかった。
「君が言う『止める』というのは、彼女の魔女の力を失わせることかい?」
「それができるなら」
私はまっすぐにソラの目を見上げた。
「メイア様の魔女としての能力を失わせれば、どんな破壊も起こらないでしょう?」
何より彼女と戦って誰かが傷つくことも――彼女自身を死なせてしまうこともない。
ゲームでの魔女は、イドリシアとタナストラだけではなく、周辺国をも荒野に変えたけれど、それは魔女の断末魔のようなもの。
魔女はゲームで死んでいたのだ。
メイア嬢はたぶん、イドリシアの国土を取り戻したくて魔女になっただろうに、結果的にお母さんの祖国をも滅ぼしてしまう。
でも説得は難しいと思っている。
彼女だって、私と同じように苦しい思いをして魔女のスキルを得たはずだ。それを耐えようと思うぐらいには、自分の目的や手段が正しいと思っている可能性が高い。
そう思い込んでいた場合、翻意させられないと思っている。
だから魔女の力を失わせられるのなら、その方が一番手っ取り早い。
「イドリシア出身の人が言っていたんです。魔女の力をなくす方法があるって」
フレイさんの話が本当なら、ソラはその方法を知っているはず。だけどソラは私の言葉に、難しそうな表情をする。
「イドリシアの者か……。たぶん、その人物が想定している方法で、魔女の力を失わせることはできる。だけど、それは君には使えないよユラ」
「どうして? 魔女だからできないとか?」
「うん。魔女には無理だ。本人の魔力を引き受けることになるから、急に魔力量が増えて暴走しかねない」
「暴走……」
ソラが止めるのだから、無限かと思うほど魔力を多く吸収できてる私でも、これ以上は難しいのかもしれない。え。待って、それじゃ。
「その、魔女じゃなくしてくれるって言った人は」
真っ青になる私に、ソラは言う。
「たぶん、君も想像している通りだ。その人物が君の魔力を引き受けると死んでしまうよ。魔女じゃないのなら、なおさらだ」
「そんな……」
だってフレイさんは、さらっと魔女じゃなくなれる方法があるって言ってて。だから特別な方法なのかもしれないけど、穏やかなやり方なんだろうとか思ってたのに。
私は唇を噛みしめる。
拉致犯達を見た後、私があんな状態になったりするから。フレイさんは同郷の人達がしたことに責任を感じて、自分の命に代えても元に戻さなくては、と考えたのかもしれない。
なんて申し訳ない……。
落ち込む私の頭を、そっと撫でる手があった。私より背が高くなったソラだ。
声的には男性なんだろうけど、精霊だし顔はゴブリンだしで、あんまり恥ずかしい気がしない。
それと同時に、私の中にも精霊がいる影響なのか、ソラの手が触れたとたんにすぅっと気持ちが楽になるのを感じる。
まるで、小さい頃お祖母ちゃんにあやされた時みたいに。
「ありがとうソラ。とりあえずそういうことなら、魔女のスキルはなくせないってわかったよ。別の方法を考えなくちゃ……」




