最初のクエスト相手
まずは、まだ試していなかったアーモンドの香りがする木の実を砕いたものを使った。
いつも通りの分量の茶葉と一緒に煎ると、前回と同じようにかまどからゴブリン姿の精霊が現れた。
だいぶゴブリン精霊にも慣れてきたぞ。
数秒煙に包まれたフライパンから降ろした紅茶を、ポットに移してお湯を注ぐ。
出来上がったのは、アーモンドの香りがする紅茶だ。やっぱりこれもミルクを混ぜたいなぁ。
「効果はっと」
空中で押す動作をして、画面を呼び出す。
それからお茶のカップに触れた。
《アーモンドティー。効果:筋力の一時的上昇(弱)。スキル練度+10》
「やった、筋力が上がる! でも弱ってどれくらい?」
そこで自分の測定石を取り出す。
「開け」
持ってそう言えば、水晶が八重咲の椿みたいに開いていく。
中心から黄色い光の線が現れるけど、
「これちょっと読み取りにくいよね」
数字が欲しい。そう思って試しに石を指先で叩いてみると、画面にぶわっとゲームの時みたいに数字が表示された。
「おおおお、これ、これが欲しかったの。すっごく見やすい」
自分の数値も一目でわかる。グラフの線と見比べなくていいのは本当に楽だ。
けど数字が……おかしい。
「町娘にしては、思ったほどひどくない数値とかそれどころじゃない……」
ユラ・セーヴェル/紅茶師
生命力(HP)/魔力(MP)……200/1000
「MPだけがレベル1よりやたら高め……。これ、レベル10以上の数値じゃない?」
いくらゲームでダメージ数とかを派手に見せるために、数値が高めに設定されているとはいえ、ちょっとこれは変だ。
「まさか実験のせいじゃないよね? 拉致と実験された分の代償と考えればアリだと思うけど。で、問題の筋力は……」
攻撃力………3 魔法攻撃力…………… 20
筋力……………3 魔法スキル練度…… 25
速さ……………5 剣技スキル練度…… 0
物理防御……3 魔法適性………… 1000
魔法防御……100 精霊適性………… 1000
筋力も物理攻撃力もゴミだった。
「でも戦闘とかほんと絶望的でしょこれ。でもそれ以上に何この魔法適性の数値とか魔法防御の数値! おかしいから!」
ツッコミを入れてしまうけど、内心で怯えていた。
だって魔法適性1000って……普通、ありえない。敵のボスモンスターみたいな数字だもの。
まさか本当に私、魔女だった? なんて考えが頭の端をよぎって、そんなばかなと打ち消す。
実験のせいだろうけど、魔女じゃない魔女じゃない。うん。
攻撃魔法で敵を倒すなんて、私にはできないもの。
「ええと、怪しいスキル以外はゲーム通りというかなんというか。がっちり紅茶師って職名も入ってるし。でも魔法関連との差が激しい……。でも、実験前は全部筋力並みの数字だったんじゃないかな」
だとすると町娘、貧弱すぎる。
実験のせいでこうなったとはいえ、少しでも能力値上昇してて良かったとも言える。これから討伐に連れて行かれることを思えば、もっと欲しいぐらいだ。
「でもこの数字……HPだけなら、クエストを一個クリアしてる魔法使いって感じ。それでもMP高すぎだけど」
筋力とかのゴミ加減を除けば、けっこういい数値だ。戦闘もしてないし、魔法の訓練もしてないのに。これは絶対精霊融合実験のせいでしょ。
「怪しい能力値も全部、精霊融合のせいよね。魔法適性はわかるけど、精霊適性って何」
しかも1000ってマックスじゃないのかな?
精霊融合のせいだよねこれ。
トドメが習得した能力。
「紅茶師……スキルレベル5」
エルフィール・オンラインは、習得したスキルレベルによって、能力値が上昇、HPも上がっていく。
マックスまでHPなんかを上げたいなら、色んなスキルを上げなければならない。
「スキルレベル5で、HP200?」
ちょっと多すぎる。悩みつつ、とりあえずお茶を飲んでみる。
「筋力8……」
これでやっと普通のプレイヤーの初期値だ。弱すぎるよ町娘。重くて持てないとか、言ったこともない生活だったのに。
いや、拉致されて10日もねむりっぱなしだったし、その後も腕力が鍛えられるような仕事はしてないから、筋肉が減った?
筋トレでもするべきかと考え始めた時、ふいに部屋の扉がノックされた。
「はい?」
返事をすると、小さく扉が開く。
「……オルヴェはおらんか?」
そこに、初めて見るおじさんがいた。
でもゲームのことを思い出した私にはわかる。
彼は副団長のハーラルさん。
そして騎士団に加入して最初に行うクエストの重要人物だ。
ハーラル・ファグレ副団長、確か50歳。
茶の髪にはもう白い部分が多いけれど、今まだ現役としてがんばっている人だ。
戦闘を何度も潜り抜けて、その年齢まで無事でいるということがかなりすごい。生まれ変わったからこそなおさらにそう思う。
魔物に襲われたら、まず死を覚悟しなくてはならいから。
そんなすごい人だけれど、リュシアン団長が異動してきたことで、団長職から副団長へ退くことになった。
プレイヤーは最初、ハーラル副団長が降格が不服で、副団長職を辞退し、受け入れられるまではと、城の一画に引きこもっているという情報が与えられる。
のだけど。
私は既に知っている。別に彼は降格が不服なわけではなく、引きこもっているわけでもない。
ちょくちょく出動しているので、お仕事はしている。
ただただ、自分は副団長はできないと固辞しているだけで。
その理由は……精霊。
副団長さんにちょっかいをかけている精霊がいるせいだ。
その関係で、精霊が見えて従わせられるという噂のリュシアン団長様と、顔を合わせたくない。
しかしこんなところで出会ったりはしなかった。初エンカウントは、ゴブリン退治の時のはずなのに。




