王宮お茶会当日は大忙し3
「魔女の茶が、わけのわからない魔物を引き寄せたんだ! うわぁぁあっ!」
発言した、茶色のふわっとしたウェーブヘアーを振り乱した貴族男性が、後ろから薔薇の蔓にはたかれて、飛び上がって驚いた。
背後を振り向いても、蔓はもうシュルっと撤収した後で本人には何に叩かれたのかわからない状態。
だけど周囲の人は彼に注目していたせいで、薔薇の蔓が突然伸びて、彼を攻撃したように見えたらしい。
「薔薇が……魔物だったのか!?」
騒然とする貴族達。エリック王子はショックを受けた様子だ。王子の場合は、愛する薔薇が魔物扱いされたからかもしれない。
「……間違いじゃないけど」
薔薇も魔物だけど、本当に問題なのはフューリーの方だ。
そちらに注意喚起をしたいけど、フューリーに取りつかれている人物は、フューリーの姿が見えない……みたい?
これでは「いる」と言っても「うそをついている!」と言われるばかりになる。
「団長様、どうにかして魔物の姿を見せることはできませんか?」
「姿を消している方法が、魔法で無理やり……というわけではないんだろう。私にもフレイにも見えているが、もしかすると精霊の姿が見えるからかもしれない。そういう存在を見えるようにする魔法は、ちょっとわからないな」
「ということは、精霊が見えないと、あのフューリー達も見えないんですね……」
難題だ。
元凶の姿を視認できなければ、説明をつくしたところで信じてもらえないだろう。
そこでフレイさんが「いや……」と言い出す。
「薔薇は普通に、そのフューリーとかいう魔物を叩き落としている。だから物体として存在はしているんだ。姿が普通の人間には見えないだけで。だから……」
「あ、わかりました。姿を見えるようにする方法」
というわけで、フューリー達の姿を他の人達の目に見えるようにすることにした。
貴族達は陛下に向かって訴え続けていた。
「早くあの魔女を殺してください!」
「我が国にとって害悪です!」
《フューリー:コロせ、ユラはコロせ》
《フューリー:チャには、きっとワルイものハイッテる》
そして見かけたフューリーの発言に、私はぴきっと額に青筋が浮かびそうになった。
紅茶は別に悪くないんですが!?
捕まえてフューリーをがくがく揺さぶってやりたいのだけど、接触した時にこっちにも影響が出ては困る。なので私はテーブル上のお菓子を一つ持ち上げて、貴族達に向かって言った。
「きれいに咲いている薔薇が、魔物なわけがありません。きっと、精霊が宿った花でしょう」
大嘘をついた私に、貴族達が「何だこの召使いは?」と振り向く。
そしてエリック王子がはっとした表情で私を振り向いた。
「よろしければ、元凶の姿をご覧にいれましょう」
魔物の姿を現させるため、私は手に持ったクリームたっぷりのケーキを……ぶん投げた。
「精霊さん、当てて!」
ノーコンなので精霊にそう頼むと、周囲にいた鳥の姿をした風の精霊が、きゃっきゃと楽しそうにケーキを運びながら飛ぶ。
自分に向かって来ることに気づいたフューリーは、驚きながら逃げようとしたけれど、精霊がケーキを蹴りで加速させ、べっちゃりとぶつかる。
スポンジは落ちたものの、生クリームまみれになったフューリーは、ぶくぶくと何かをしゃべっているような音を立てる。
そしてようやく、そこに何かがいることを、見えない人達も認識した。
「なっ……なんだこれは!」
「生クリームのおばけ……?」
小さめの老貴族が、なんだか可愛い発言をした。黒い炎の姿が見えない人には、生クリームのおばけにしか見えないのは当然だ。
私は黒と白のツートンカラーの物体に見えているけれど。
「あれが、みなさんの気持ちを操っている者の正体です」
貴族達の意識は、完全に奇妙なフューリーの姿に釘付けだ。そこにフレイさんが、付け加えた。
「今までに見たことがない魔物だ。何者かが、人々を混乱させようとして作ったものかもしれない……」
と大きな声でまことしやかに言われ、貴族達は動揺する。
そしてフューリーは怒った。
《フューリー:コロせ!》
生クリームまみれのフューリーがさわぐ。ぐおっと、その姿人の大きさまでに膨れ上がってふっと消えた。
「……逃がしたか?」
「いえ違います団長」
フレイさんが指をさす。
貴族達の一人に、大きくなったフューリーが張り付いていた。表情が消え失せ、一歩一歩私の方へ近づき出す。
「ころ……す。ユラという女は、ころす……」
「え」
まさかフューリーが人の意識を乗っ取った!?
他のフューリー達も同じようにして、各々近くの人間の背中に巨大化して張り付く。
そして私に襲い掛かってきた。
ひぃっ!
私は慌てて数歩退いた。
だってむやみに魔法で攻撃したら大怪我させちゃう。あ、そうだ防御防御。
風の盾を使った私の前に、団長様とフレイさんが出る。
「お前はそこにいろ」
団長様がいつも持ち歩いている精霊王の剣を抜く。
そうして一振りすることで、私に接近してきていた人達が、吹き飛ばされる。
あれ、風の盾いりませんでしたか?
「公爵!? 伯爵もなぜ!」
国王陛下とそれを囲む騎士達さんの他に、一人だけフューリーの影響を受けなかったエリック王子が、驚いて彼らに駆け寄ろうとした。
でもエリック王子は足止めされる。するりと蔓を伸ばした薔薇達によって。
《アルボルE:お水係、危ない》
《アルボルF:お水係は引っ込んで》
「薔薇さん達……」
どうやら自分達の大事なお水やり係のエリックを守ろうとしているらしい。なら、王子のことは問題ないだろう。
王子を守ろうと駆け寄って来た騎士達がとまどっていたので、フレイさんに問題ないことを伝えてもらう。
そして団長様は、フューリーを張り付けた人に向かっていく。
「おそらくこれで殺せるはずだ。的が大きいのならば問題ない」
剣を振り下ろし、倒れていた人の背中に張り付いたままの、フューリーを刺し貫く。
ざくっと地面を穿つ音と共に、フューリーの姿がふわっと白くなって消えた。
憑りつかれていた人は、ぼーっとした表情になって、何が起こったのかわからない様子で目をまたたいている。
その後はフレイさんが、団長様がフューリーを倒しやすいように取りつかれた人を拘束し、団長様がフューリーを消滅させるということを繰り返した。
そうして全部のフューリーを倒し終えた時、最後のフューリーが黒い姿のまま、貴族の中の一人の腕に吸い込まれて逃げる。
「ひっ!」
その壮年の貴族は、フューリーに取りつかれていなかったので、テーブルから離れた場所に一人で避難していた。
この場から逃げて行こうとする、不審な行動をした貴族を、国王陛下も団長様も見逃さない。
「グレア伯爵を捕らえて!」
「原因はそいつだ!」
その声にたちまち近くにいた騎士が取り押さえる。
一方の、フューリーにあおられていたものの、取りつかれずにいた残りの貴族達は、目を丸くしていた。
「私達は……一体……」
「操られていた、のか?」
エリック王子は、ちょっと違うところに驚いていた。
「薔薇が守ってくれた……?」
ぼんやりと自分の腕に絡まる薔薇の葉に触れる。
すると薔薇達がさわさわと揺れた。
《アルボルE:お水係が認識してくれた?》
《アルボルF:ポッ……》
次々とエリックに絡んでいた蔓に、蕾ができ、たちまち大輪の赤い薔薇を咲かせた。
……この時のことを元老院の貴族や召使い達が広めてしまい、後日エリック王子は『薔薇の王子』と呼ばれてしまうようになったのだそうな……。
その薔薇が実は魔物だということは、一生秘密にしようと私は思ったのだった。




