王宮お茶会当日は大忙し2
8/に紅茶師4巻目発売決定です!よろしくお願いいたします。
飛んで行く物体が、視界の端をよぎっていった。
なんか黒くてよくわからなかったけど、人の形に似ていたような? 精霊みたいに小さかったけど、でも見た事が無い。
でもどこから?
見回すと、エリック王子の背中に薔薇の蔓が伸び、ぺいっと何かを叩き落とした。
ぽたりと落ちたのは、人形みたいな……これは黒い炎?
「魔物?」
口の中でぼそりとつぶやいた私は、はっとしてステータス画面を見る。
ずっと何にも反応しなかった、チャンネルFが赤く点灯していた。やっぱり魔物だ! と思いながらチャンネルをオンにした。
さてFって何の魔物だろう? 薔薇の魔物に叩き落されるぐらいだから、実害は低そうな気がするけど……。
《フューリー:マタ、ジャマをシタ、ショクブツ》
(フューリー?)
声に出すと相手にも聞こえてしまうので、内心で首をかしげる。はて、フューリーなんて魔物がゲームにいただろうか? いなかったってことは、これが作られた魔物ってこと?
英語で考えると、怒りとかそんな感じの意味だったはずだけど、一体どういう魔物なのか……。
《フューリー:あんなショクブツ、モヤシてしまえ》
黒い炎はぴょこぴょこと飛び跳ねて、またエリック王子に接近していく。
《フューリー:ナァ、モヤセよ》
《フューリー:ショクブツなんて、フサワシクナイ》
《フューリー:オトコが、ハナをソダテテるなんて》
近づく度に、黒い炎のフューリーが一つ、二つと増えていく。
そしてエリック王子には見えていないはずなのに、ケーキをつつく手が止まり、暗い表情になっていく。
「まさか……」
私はエリック王子の様子と、フューリー達の言葉を見て察した。
フューリーは薔薇型のアルボル達が邪魔だから、エリック王子に燃やせとけしかけてるんだ。その気持ちを増すように、エリック王子が気にしていたらしい『男が花を育てること』をバカにしてるわけ?
……そうか。エリック王子は花を育てていることを誰かに悪く言われて、それでこっそりと水やりをしていたんだな。どんなに悪く言われても、花が嫌いになれなかったから。
声が聞こえないはずだけど、エリック王子の表情が変わっているってことは、フューリーが近くにいると、そんな気持ちが増えていくのかもしれない。
その名前から考えて、怒りの感情を湧き上がらせて、フューリーの思うとおりに行動させようとしているんだろう。
「なんとかしなくちゃ」
今回の私の一件も、これが原因だ、と直感したから。
貴族達が私が魔女だと思い込んで、私が牢に入れられそうになったのは、フューリーが誘導し、そう思い込ませたからに違いない。
あれだけ陛下が『おかしいでしょ?』と理路整然と説得しても、貴族達がまだ私を疑うのは、フューリーにこうして操られていたからだ。
でもどうやって倒せば……。
まずはフレイさんに知らせようと思ったら、
――ビュン。
目の前を黒い物体がものすごい速さでよぎって行った。
「え?」
そのまま黒い物体が、薔薇の垣根にぶつかったところで、側の薔薇の葉でキャッチされる。
私は目を丸くした。
その黒い物体が、フューリーだったからだ。
フューリーはまたたく間に、葉にくるまれて生垣の外へぽいっと捨てられた。
《アルボル:一丁上がり》
薔薇の魔物が、約束通りにフューリーを追い払ってくれたようだ。
でもまだまだフューリーは沢山いる。
気づけば、あちこちの貴族の背中や腕に張り付いていた。
そのうちのとある貴族の頭上でゆらゆらと踊るように揺れていたフューリーが、スコーンと、伸びてきた薔薇の蔓に吹き飛ばされた。
ついでに貴族のカツラも一緒に吹き飛ぶ。
……あ、この世界ってけっこう精工なカツラがあったんですね。
「なっ!?」
「なんだ今のは?」
驚く貴族達。
カツラを取られた貴族は、自分の頭をかかえて「うわぁぁぁぁ!?」とその場にしゃがみこむ。
しかし魔物にそんな騒ぎは関係ない。
《アルボルA:他の魔物、排除が順調》
《アルボルB:約束通り。俺達偉い》
《フューリー:ショクブツのブンザイで!》
怒った黒い炎のフューリーが、薔薇へ向かっていく。
薔薇達はさっとうごめいて黒い炎をよけ、フューリーが一匹、生垣の向こうへ飛び出してしまう。
「ユラさん、突然湧いて来たこの魔物は?」
その時には私の側にやってきたカインさんが、そう尋ねてきていた。
私を庇う位置に立ってくれているが、薔薇も少し警戒しつつなので、戸惑っている模様だ。
だから私はストレートに線引きがどこにあるのか告げた。
「薔薇は今、同盟を組んでるので大丈夫です。黒い炎の魔物がフューリーといって、人の心に目的通りの怒りの感情を発生させる魔物みたいです」
「怒りの感情を発生させる?」
いつの間にか団長様も隣に来ていた。
陛下は大丈夫なのかなと思ったら、立ち上がって少し離れた位置にいて、騎士達に囲まれている。楽し気に私や大騒ぎをを見ているあたりは、さすが陛下というべきか。
いや、団長様達を信頼しているから、なんとかするだろうと思っているんだろう。
「フューリー達が目的の人間にささやいたら、言った通りの感情が心に発生するようなんです。たぶん、この魔物をつくった相手が命じた通りに、私が魔女であり、魔女は死刑にしなければならないとか、そう思い込ませた元凶ではないかと」
説明している間に他のフューリーがまた分裂。
貴族達の背中にくっつくので、アルボル達が薔薇の花や葉っぱでバシバシ背中を叩き出し、ついでにテーブルの上のケーキをさらって、ぱくっと食べてしまう。
貴族達は悲鳴を上げてテーブルから離れるが、フューリーは背中や肩、頭に張り付いているのでどうしようもない。
「魔女の茶のせいだ!」
フューリーを肩に乗せたままの貴族がそう叫んだ。




