王宮お茶会当日は大忙し1
うららかな日差しの下。
そよ風が背後に咲き乱れる薔薇の香りをやんわりと漂わせるその庭では、真っ白なテーブルの上に色とりどりのお菓子が並べられていた。
「陛下は甘い物がお好きだからな……」
つぶやいたのは、先に着席していた老公爵だ。
「バーデン公爵殿は、甘い物が苦手でしたな?」
同じ年頃の、こちらは杖をついてやってきた老伯爵が、その隣に座りながら言う。
「私は今も酒と辛いつまみが一番でしてな、オルロフ伯爵」
「儂もですよ。まぁ、甘い物も食べられないわけではありませんがな」
「これとこれは甘くないそうですよ、お二方」
そう言って、近くに着席していた団長様が、二人にそっとしょっぱいものを進めた。
小さく切ってカリカリに焼いたパンの上に、トマトとチーズや、アボカドみたいな野菜のディップを載せたものを並べた皿を勧めた。
「ほぅ、軽食ですかな」
「そのようですよ。女官に聞いたところ」
「アルヴァイン公爵も、儂と同じく甘い物が苦手でいらっしゃいましたものなぁ。うちの孫が、公爵に贈り物をしたくともお菓子は差し上げられないので困っているようでしたな」
老貴族二人は、団長様にそう応じてほっほっほと笑う。
「贈り物は誰であっても遠慮していますよ」
やんわりと答えながらも、団長様の顔が渋くなっている。それを見て、私はひっそりと笑いそうになっていた。
実は私、召使いのふりをして紛れ込んでいます。
なにせ今回の出席者は、私を魔女だと信じ切っている元老院の人々。堂々と顔を出したらお茶を飲むどころじゃなくなってしまう。
ただ、彼らとはちょっと顔を合わせただけの人がいる程度だ。黒髪のかつらをかぶってちょっと目を伏せていれば、「気づかれないでしょう」とベアトリスさんに言われて変装している。
しかも召使いの衣装は濃紺の目立たない色。
近くにはベアトリスさんや、陛下の女官さんが鴬色やクリーム色のドレスを着て立っているので隠れられている。
これでも万が一の場合はあるだろう。その時には、警備の騎士に紛れているカインさんと団長様が、魔法で逃がしてくれることになっていた。
問題はエリック王子だ。彼は私の顔を間近ではっきりと視認しているので、はっきり覚えているはずだけど……。
団長様からちょっと離れた席にいるエリック王子は、こちらを横目でちらちらと見ながらも黙っている。
たぶん、この間の薔薇の一件について口外されたくないのだろう。私をつついたら何を言われるのかわからないので、女官の正体をばらさずにいるだけに違いない。
……どうぞ、そのままでいてください。
願いながら、私はこっそり出していたステータス画面を確認する。Aチャンネルを選択中だ。
《アルボルA:他の魔物が来たら投げればいいわけ?》
《アルボルB:放り出していいわけ?》
「いいわけですよ」
小声で応じる。
とにかくお茶会の目的は、私の潔白を証明するため、不意打ちでお茶を飲ませることなので。それで問題がなかったら「ほら魔女だなんて嘘だったでしょう!」と陛下に言ってもらって、ここは決着をつける。
それから魔物について対処しようと思っているのだ。
二匹の魔物が《なるほど》《カンタン》なんて話している。
そうしているうちに、他にも十人ほどの貴族がやってきた。ほとんどが、喫茶室へやってきたことのある貴族達だ。そして私に気づいてはいないようなので、良かった。
女官だったら気にするだろうけど、召使いなんていちいち顔を覚えようなんて思わないでしょうと言われたが、その通りだった。
そうして全員が着席して待っていると、国王陛下が登場する。
「今日は私の茶会に来てくれて、感謝してるわ」
にこやかな国王陛下は、素晴らしい刺繍や宝石で飾られた服を着ていた。袖や襟のレースが派手で目立つけれど、不思議と陛下には合っている。雰囲気のせいなんだろうか。
「まずはお茶を飲んでくつろいでちょうだい。エリックもほら、遠慮せずに食べてね」
陛下はうきうきしながら、召使いの一人にエリックにケーキを運ぶよういいつける。
ほぅ、この王子様は甘い物が好きなんだ。
薔薇を育てていることといい、ちょっと乙女っぽくて国王陛下とは気が合いそう。だから養子に選ばれたのかな? もちろん優秀ではあるのだろうけど。じゃなかったら、他の貴族に無下な扱いをされかねないものね。
一方で、陛下は団長様の頭も撫でに行く。団長様は何かを耐え忍ぶような表情になりながらも、陛下に逆らわなかった……恩人だからかな?
「久しぶりにあなたともお茶ができて嬉しいわリュシアン。南はどう? 竜の話も詳しく聞きたいわ」
「陛下の期待に応えられるような、面白い話になるとは思えませんが……」
と、団長様はあった出来事だけを淡々と報告する。……報告できないことは省いているので、本当に無難な報告書みたいな内容だけど。
ちなみに火竜さんは、他の貴族さん達が怯えると面倒なので、王家の庭を勝手に飛んで遊んでもらっている。不機嫌になったとたんに、もくもく口から煙を吐かれても困るので。
ついでに森の中に怪しい魔物がいないか探してもらっていた。
とにかくなごやかな滑り出しになったお茶会。参加者達は、陛下がさっさとお茶を飲んでしまったので、つられるように紅茶に口をつけてくれた。
けど、一口ふくんで渋い表情になった人物が何人もいた。
あ、これ紅茶を飲んだことがある人ですね。しかも私が作ったという話も聞いているパターンでは。
「陛下、こちらのお茶はどういったもので? まさかあの魔女が作ったという紅茶というものでは……」
それを聞いた参加者の何人かが、慌てて紅茶のカップを置いた。惜しい。この様子だと、三人ほどは紅茶を飲まなかったみたいだ。紅茶の味を知ってる人は、きっと家で飲まされたのだろう。
……あ、陛下の親族だというあの三夫人の旦那様も渋い顔をしている。しっかり家で飲んでいるんだろう。
「美味しいでしょう? 私は気に入っているんだこれ」
「陛下、あのような不審な人物が作ったものを飲むのはおやめください。何か混ぜ物でもされていたらどうするのですか」
「んん? そもそも不審な人物が作ったとは言うけど、そもそも普通のお茶だって、元は誰が作っているかなんて把握しきれないだろう? お茶の原料を育てている者や、製造者の一人一人まで履歴を確認しないと安心できないなら、君は何も飲めなくなるんじゃないのかな? 侯爵」
陛下の攻め方が怖い!
理詰めで攻撃するタイプか……。団長様がいつものこととばかりに黙ってお茶をすすっているので、これが陛下のやり方の一つなのだろう。
でも反論した公爵も諦めが悪かった。
「しかし他の物ならば、信用のおける商人が確認しているでしょうし……」
「これも確認してくれているよ? リュシアンがね」
陛下に一刀両断されて、その貴族は言葉に詰まった。
王族の団長様が確認していると言われては、反論のしようもないのだろう。
「みんなも安心して飲んでね?」
笑顔をふりまく陛下に、思わず追従の笑みを浮かべる面々。見ていてちょっと面白いな……。
その間にも、エリック王子は黙々と紅茶を飲んで、ケーキを消費していた。
この王子様が、私のことを魔女だからって怖がったり、嫌悪感を持っていないんだということが、その様子からわかる。そのわりに私を排除しようとしたのが解せないけど……。
と思ったら、ふと視界に変な物が映った。




