チャンネルAを開いたら
しばらくうめき声をあげていたら、外から扉をノックされた。
「はい?」
「お客人……体調がお悪いのですか?」
外で見張りをしている方に、心配をさせてしまったらしい。ごめんなさい。
「すみません、大丈夫です。その、思い出し笑いをこらえてました!」
適当な言い訳をすると、「は、はぁ……。お大事に」というあいまいな返事が聞こえてくる。この言い訳で納得してもらうのは無理だったようだ。でもそっとしておいてくれたので、よかった。
気づけば気持ちが落ち着いてきたので、まずはチャンネルAを確認することにした。
お茶を注いだうえで出たのだから、間違いなくあの薔薇の魔物のはず。Aっていうのが何の略なのかよくわからないけど。
ゲームの記憶で近いものを探すとしたら、植物系の魔物にアルボルってのがいたはず。生い茂る草みたいな魔物で、わさわさしながら移動し、草が伸びて攻撃してくるやつだった。その近縁種? だとしたらAでも納得だ。
話の内容が聞こえると困るので、部屋の奥に移動してステータス画面をオン。
気合を入れるため、自分の頬を一度叩いてからボタンを押す。
「では、ぽちっとな」
とたん、目の前にポップアップ画面が出てくる。
そうして表示されたのは……。
《アルボルA:あーああー》
《アルボルB:それはーああー愛―》
《アルボルC:愛―それは世界のしんじつー》
《アルボルD:だけどー打ち明けられないー魔女―》
「まじょっ!?」
一体何を話し合っているのかと思ったら、これもしかして!
《アルボルA:男の伸ばした手はーああー届かないー》
《アルボルB:魔女は―駆け去りー》
思わずチャンネルボタンを押して、会話の表示を打ち切った。
「ちょっと待って……これ、魔物、よね?」
自分の見たものが信じられない。魔物だから、もっとゴブリン的な会話をすると思ってたんだけど……。
「いや、ケーキ食べるような魔物だし、いつも薔薇に擬態しきって何もしてないみたいだし、あるか」
とにかく普通の魔物じゃないのは確かなのだ。精霊さんとも仲がいいみたいだし。
「よし」
私は深呼吸して、もう一度ボタンを押す。
《アルボルC:ねーさっきの、魔女の声だった》
《アルボルA:間違いない》
「うぐ……」
やっぱりあれ、私と団長様のこと? ていうか団長様、私を呼び止めようとした? それを見もせずに走って逃げてしまったんだとしたら、申し訳ない……。
いや、今は団長様とのことは忘れて、魔物達との会話をするのだ。
「あのー」
《アルボルA:あ、魔女の声だ》
《アルボルB:どこから話しかけてる?》
「ええっと、あなたの心に直接……」
どういう仕組みなのかは私もよくわかってないので、適当なことを言ってみる。
《アルボルABCD:ふーん》
深く追求はされなかった。そして意外と普通に会話できるので、気になったことをたずねてみた。
「ところでなぜ薔薇の姿をしているんですか? 普通のアルボルってもっとこう」
《アルボルC:あのもっさーとした草、芸術的じゃない》
芸術的と言いましたよ、魔物なのに!
《アルボルD:人間って、雌雄の組み合わせで薔薇の側に居たがる》
《アルボルA:観覧に、最適》
おい、デバガメですか?
《アルボルA:特等席》
《アルボルC:薔薇に擬態するの、大変だった》
薔薇になったのがそんな理由だったとは……。
なんか、聞かなくてもいいような気がするけど、疑いが晴れたわけじゃないので質問してみた。
「じゃ、人を争わせようとして誰かを敵視するように仕向けたりとかは……」
《アルボルC:それ、特等席に座れる?》
《アルボルA:略奪愛?》
《アルボルB:略奪は、敵視よりも魅了させた方が》
《アルボルD:自然な形を、観察したい》
恋愛模様の観覧目的でも、しないってことはわかった。だとすると……一体どうして。そう思ってたら。
《アルボルA:そう言えば、俺、略奪された》
《アルボルBCD:!?》
魔物が略奪愛!?
《アルボルA:お水係が今日は来なかった。誰かに略奪されたに違いない》
《アルボルC:あーお水》
《アルボルB:あの人、恋人いない》
《アルボルD:かわいそう》
お水係? ……なんか一人、それっぽい人に心当たりがある。けど違うかもしれない。
「それって庭師のこと? 庭の植物全部にお水をあげてる人なんだけど」
《アルボルA:庭師? 知らない人》
《アルボルB:お水係はよく王子って呼ばれてる》
エリック王子……魔物にお水係扱いされてるよ! それにしても、恋人いないんだ……。変な情報を知ってしまった。でも王子だし、そのうちいいところのお嬢様と結婚するんだろうし、むしろ恋人いない方がいいのかもね。
《アルボルA:でも恋敵に心当たりはある》
《アルボルB:引き裂かれるー二人―》
《アルボルC:もしあなあがー人でーなければー》
《アルボルD:もしかしてそれ、人じゃないやつ?》
《アルボルA:そう、俺、魔物同士で彼を取り合い》
「はい!?」
エリック王子って取り合われてるの?
「魔物にモテモテ……って、まだこの王宮に他の魔物がいるんです?」
大問題だよ! 王宮に魔物がいすぎ問題!
《アルボルD:いる。新入り》
《アルボルA:つい最近入って来た。なんか人間の魔法使いが呼び込んだっぽい》
「作為的犯行……?」
《アルボルB:よく人間を嫌い合わせようとしてる》
《アルボルC:最初は恋の破局を見られて面白かった》
《アルボルD:けどそればかりじゃ面白くないから、邪魔するようにしてる》
《アルボルA:葉っぱではたくとよく落ちる》
虫みたいな扱いですね。
「それはどんな魔物で?」
《アルボルB:んー、なんか幽霊みたいな》
《アルボルA:あんまり見た事ないけど、たぶん魔物っぽい》
……魔物じゃない疑惑まで出てきたんですが。
でもこれ以上は、この薔薇アルボル達からは聞き出せないようだ。なので、私は頼みごとをすることにした。
「では明後日、ある場所で、その魔物っぽいのを私の近くから追い出して、近づけないようにしてほしいんです。何か代わりにさしあげますので、やってもらえないでしょうか?」
《アルボルD:お水係来ないから、代わりにあのケーキくれるなら》
紅茶入りケーキがお気に召したらしい。
《アルボルA:あの茶色い水でもいい》
紅茶を茶色い水呼びされると微妙な気分になるけど……まぁいいです。
「わかりました。事前に一度差し上げて、後からさらに報酬としてケーキと紅茶をあげますね」
その後、彼らの会場までの移動について話した後、私はようやく就寝したのだった。




