夜の森へ紅茶を撒きに
「どうしたのかな、ソラ……」
急にあんなことを聞くのだから、何か理由があるのだと思うけど。
ただ心配になっただけ?
考えをめぐらせながら、私は庭の一画にある薔薇に、じょうろで紅茶を撒いていた。
サラサラサラ。
細かな水が、薔薇の葉に、その下の土にふりかかって濡らしていく。
庭の薔薇にまんべんなく紅茶を撒いたところで、私はそっと余ったケーキの欠片を地面においてみた。
「…………」
何も起きないので、ちょっと離れてみる。そうして後ろを向くようにして顔をそむけつつ観察していると。
ひょいっと薔薇の葉っぱが伸びてきて、近くの薔薇の花にケーキを突っ込んだ。
もごもごと薔薇が動き、ケーキが消費されていく。
「何かい見てもシュール」
つぶやきつつ、ステータス画面を呼び出す。
「まだ出ないか」
でもチャンネルは追加されていない。地道に紅茶を与えていくしかないのかな。
「いや、魔力が足りないのかも」
今撒いた紅茶は、普通に淹れたものだ。魔力を込めすぎるときらきら輝くので、たまさか気が向いて水を撒いたと言い訳できない。不審に思われたくないのと、まずはお試しにと普通のお茶を淹れたものだった。
「やっぱり人目が無い時に……あちこちに散布するしかないかしら」
王宮の庭なので、出入りしている貴族があちこちを歩き回っている場合もあるし、庭師さんもいる。輝くお茶を散布すると目立ってしょうがない。
誰もいない時を狙うとすると、やはり夜中か。
そして、できれば森の中の薔薇がいい。
森の中なら人が来ないだろうし、あの薔薇を育てているエリック王子だって、やってこないだろうから。
ただ薔薇全てにお茶を与えては効率が悪いので、私は夕方のうちに、魔物の薔薇を探しに森の中に入った。
探し方はただ一つ。
精霊が近くにいる薔薇を選んで、その根元にケーキの欠片を置いて回ることだ。食べたら魔物の薔薇ということになるので、そこにお茶を撒けばいい。
結果、10匹ほど魔物の薔薇を見つけた。
「多っ!」
王宮、魔物いすぎ。王宮の一画だけでこの数ってことは、全体でこの10倍以上はいると思った方がいいよね? 今までよく問題が起きなかったな……。
「なんでこの魔物、活動しなかったんだろ」
つぶやきつつ、私は一度部屋に戻り、いつも通りの一日を過ごした。
夜になってから、お茶会でどんなお茶を淹れるのか考えたいという名目で、ベアトリスさんにティーポットとお湯を分けてもらった。
一人になってから、私は紅茶を淹れる。
茶葉を入れてお湯を注いだ後、ポットに軽く触れて魔力を注いでいく。
「1000……ぐらいで足りるかな?」
ちょっと不安だったから、5000MPを込めてみた。
ティーポットのふたを開けると、きらきらと金粉をまぶしたように輝く紅茶がそこにあった。きらめきが、ポットからふんわり漂い出してる。なんかすごい。
しかしこのまま持って行くわけにはいかない。ティーポットを割ったら申し訳ないもの。
私物として持ってきていた水筒にきらきらしい紅茶を詰め、私は夜中の王宮の森へ入った。
10匹の魔物の薔薇には、目印として近くに細いリボンを結んでいる。そのリボンを、一つ一つ探して紅茶を注いでいった。
夜で真っ暗だから、持っている燭台の光だけじゃなかなか探すのが大変だった。お月様も出ていたおかげだ。
一匹にお茶を注ぐ。
金の光を散らしながら地面に落ちた紅茶は、地面にしみ込んだ。
それから三秒ぐらいでピンって薔薇の茎がしゃっきりと延びる。でもそのまま他には動きがない。ただ、その薔薇が根元からちょっとずつぼんやり光ってくる。吸い上げた紅茶のせい?
ステータス画面を確認してみたけど、まだ新しいチャンネルは出てこない。
そして魔力を供給されたはずだけど、魔物の薔薇はそれ以上は動いたりしなかった。
「10本全部に与えたら、今度こそチャンネルが出てくるかな?」
私は他の薔薇も巡回した。
水筒のお茶の量は有限なので、一匹に少量ずつ。もし今回ので足りないようなら、さらに魔力を込めたものを用意しよう。
そう思いつつ夜の森を進んでいると、どこからか、さく、さく、さくと土や枯葉を踏む足音が聞こえてきた。
誰か森に入ってきてる? しかもお茶を注ぐのに気を取られてるうちに、相手がかなり近くまで来ていたっぽい感じの音だ。
まずい。きらきら光るお茶を暗い森の中でちょぼちょぼ地面に注いでる姿なんて、見られるわけにはいかない。はたから見たら、怪しいことこの上ない! 不審者まる出し!
私は近くの木の影に隠れることにした。水筒もしっかりふたをして、地面に置いておく。うっかり私が身動きした瞬間に注ぎ口からこぼれたら、光って目立つものね。
しかし隠れたものの、足音は確実に私を目指してやってくる。なんで!?
どこかに逃げようか……。でも足音たてたら確実にこの辺りにいるってわかっちゃう。前にフレイさんが使ってた、姿を見えなくする魔法、あれ使えないかな。
覚えてなかったっけとステータス画面を見ようとした。
その時、急に足音が早くなる。こちらに急接近してきた。
もう身動きするのもこわいので、フードを被って縮こまって息をころしていたのだけど。
やがて近くで足音が止まり、相手が息をつく。
「そこにいるんだろうユラ」
「え、団長様?」
顔を上げる。わずかな月明かりで白く見える銀の髪のその人は、間違いなく団長様だ。
「どうしてここに?」
「精霊の様子がおかしいと言っていただろう? その原因を探している。私でも精霊達が口を割らないのでな。で、お前はなんでこんな夜中に活動しているんだ?」
尋ねられた私は、立ち上がって答える。
「その……どうもこの王宮に、魔物がいるらしく」
「魔物が?」
団長様が顔をしかめた。あ、お気づきじゃなかったんですね。精霊さんも魔物がいるって騒いでいるわけでもないから、当然なのかも……普段はただの薔薇してるだけだし。
「そうなんです。薔薇のふりをしている植物系の魔物を発見しまして」
私は発見した経緯を説明し、精霊に尋ねたら魔物だと教えてもらったと(ソラに聞いたことは伏せて)話した。
説明している間も、私はなんとなく木の影から出ずにいた。
近づきがたい。仕方ないよね? 二人きりなんだもの。ついこの間の、二人きりの時のことを思い出してしまうもの。しかも火竜さんはいないみたいだし。
「それで、紅茶を注いでみたら何か起こらないかなとか、もしかしたら声が聞こえるようにならないかなと思いまして……」
「理由はわかったが。魔物ならば一応知らせておきなさい」
「はいすみません……」
「あと、どうしてそこに隠れたままでいるんだ?」
う、指摘されてしまった。
「これは失礼しました」
私はポットを拾い上げて、一歩木の後ろから出る。でもそこで足が止まってしまった。




