ケーキを食べる薔薇への対策は?
「ま、まものっ!?」
「薔薇の姿でしかもケーキを食べるんだろう? 植物系の魔物じゃないかな」
え、この王宮って魔物が住んでるの?
「危ないんじゃないの? この王宮!」
思わず声が大きくなってしまい、自分で自分の口を押さえた。
駆除をする前から、そもそも駆除できるかわからないうちに、こんなことが広まっては困る。今のところ王宮の人々が平穏に過ごしている分だけ、逆にパニックが起きるかもしれないもの。
「ん……」
ソラは手の上にまだいる葉っぱ型精霊を注視する。たぶん会話をしているんだろう。
何を話しているか聞きたいので、ステータス画面を出そうとしたけど、その前にソラが言った。
「今は特に悪さをしていないらしいよ。植物系の魔物は、基本的に近づかない限りは攻撃してこないものだし」
「……あんまり移動できなさそうだったものね」
根っこを足のように動かして移動しているわけでもなかったから、あちこち縦横無尽に行動しているわけではないんだろう。
でもあの薔薇姿では、どこにいるのか見分けがつかないので、万が一誰かが怒らせるようなことになったらと思うと恐ろしい。
そこまで考えて、薔薇に関して気になっていたことを思い出す。
「精霊達がその薔薇の魔物と仲良さそうにしていたんだけど……。そういうことってあるの?」
「ないわけではないよ。植物の魔物なら、共生することも多いからね」
「植物系の魔物って、側にいると何か他の植物に悪影響とか……」
そんなこんなで、精霊とは相いれない存在ではないかと思っていたのだけど。
「魔物によるかな」
ソラからは人それぞれ、みたいな回答が返って来た。
そんな「他の家ではごはんにシチューをかけるけど、うちは別よ」、みたいなことがあるとは思わなかった。
「周囲の植物の栄養を奪う魔物だったら無理だろうけれど、共生している場合は、隣に別の種類の花が咲いているのと変わらないからね」
「まぁ確かに。でも人の住む場所のど真ん中に植物の魔物がいるっていうのも……。誰かが植えたのかな?」
「その可能性はあるね。魔物である以上は、君のケーキを食べてしまうような行動に出ることもあるだろう。なにせ魔力が豊富に含まれているからね。そして何十年も見つからないというのはおかしいから、その魔物が根付いたのはごく最近……せいぜい十年以内のことじゃないのかな」
ソラがうなずく。
しかし薔薇型魔物をわざわざ植えるって、一体何を目的にしているんだろう。
ふっと思い浮かんだのは、森の奥で密かに薔薇を育てていたエリック王子のことだ。
まさかね……。
「ソラ。植物型の魔物が、人の気持ちを操作するとか、そういうことってあるの?」
「そういう魔力を持つ者はいるだろうね」
もしかすると、今回私のことを魔女だとかたくなに思い込んだのは、あの魔物の影響があるのかもしれない。
ただこれは推測。本当は誰かの証言が欲しいし、そのためには魔物が影響をあたえているところを誰かに目撃してもらわなくてはならない。でもいつ行動するのか不明だ。
「魔物の言葉がわかれば……」
行動する時期とか時間がわかるのに。
そう考えながら、私はステータス画面を開いてみる。でもどのチャンネルも反応していない。
「チャンネルが開示されてない魔物なのかな。魔物と話す方法って他にないのかな……」
思わずつぶやくと、ソラが答えた。
「それなら、紅茶を飲ませるといいんじゃないかな?」
「紅茶?」
「そう、君の魔力を取り入れてもらえば、君の魔力を取り入れるんだからつながりができるかもしれない。たぶんケーキひとかけらじゃ足りないだろうから、もっと多めにね」
紅茶で解決できる可能性があるならやるべし。
よし、とこれからの行動が決まったところで、ソラがふいに私の手を握る。
「世界は君に……厳しいかい?」
私は目をまたたく。どうしてそんなことを聞くんだろう。
「君は望まないまま、死ぬような目にあわされて精霊と融合させられた。精霊達は君の心を守ろうとするけれど、君がしたいと望むことの先には、何度だって厳しい状況に追い込まれる場面があるはずだ。……辛いかい?」
ソラが言うことは理解できる。精霊融合の禁術を使われた前後の記憶は、それはひどいものだ。思い出すと呼吸困難になるほど。そのせいで一度、フレイさんには迷惑をかけてしまった。
今でもその記憶は、精霊達が緩和してくれている。
同じように、恐ろしい目にあう場面はいくつもあった。
ソラは真剣な表情だった。だから私もまじめに答える。
「この世界に産まれた私にとって、最初は厳しかったと思う。心弱い人にはどんな世界だって苦しいものでしょ?」
命の危機がなくても、お祖母ちゃんが亡くなる頃までの私にとって、世界はとても厳しく感じられた。
心が強ければ、もっと前に向かえばいいと思える。でも引っ込み思案だった当時の私にはとても難しくて、生きていくだけで精いっぱいだった。
「ただ記憶を取り戻して、違う世界や生き方が開けて、何より心が前より安定した。だから今の私は、いろんなことを乗り越えたら、幸せが手に入るんじゃないかって希望を持って生きていける」
だから、と私はソラに笑って見せた。
「厳しいこともあるけど、嫌いじゃないよ。今こうして魔女になってしまったことも、たしかに大変だけど。解決したら、私を助けてくれた人たちや、お祖母ちゃんと一緒に暮らした国を守れるもの」
あと他にもいいことはある。
「魔法も使ってみたかったし、この魔女のことが終息したら、紅茶屋として生きて行けそうだから今後も心配ないし」
するとソラはやや苦みが残るものながらも微笑んでくれる。
「君にとって少しでもいいことがあってよかった。ありがとうユラ。これからもきっと僕たちが君を守るから……」
そう言って、ソラは姿を消したのだった。




