久しぶりのお菓子作りです
「さ、なんでも召し上がれ。警備も徹底したし、誰も手を出していないと思うから安心してね」
陛下はお菓子に細工が仕掛けられそうになったことを言っているのだ、と私にもわかる。
「はい、いただきます」
私はさっそく綺麗に食べられる小さな生花が飾られたケーキに手を出した。喫茶室でお客さんにお菓子を出してると、なんか食べたくなってしまうのだ。
これ幸いと小さなケーキをぺろっと食べてしまうと、陛下が満足そうにうなずく。
「おいしそうに食べてくれて嬉しいわ。リュシアンはあまり甘いものが得意じゃないから、付き合ってもらえなくって」
あー、団長様は甘い物をほとんど食べませんものね。
「さて、先に用件を言っちゃうわね。狸爺どもとのお茶会は三日後にするわ」
陛下は早々に話を切り出した。
「喫茶室が早々に上手くいって、他の貴族達の評判が上々なこともあるけど、あまり時間をかけると、暴走しそうなのよね。なんていうかこう……追いかけられている人みたいな感じで」
陛下は困った表情をしつつ、お茶を口にする。
「あと、精霊が関係があるかもしれないって報告は、フレイから受けてる。そこはもう少し調査したかったけれど、リュシアンが来たからどうにかなると思って」
「陛下……。あまり過剰に評価されすぎても困るのですが」
団長様が無表情のまま言っても、陛下はどこ吹く風だ。
「だってせっかく良い剣持ってるんだし、がんばってよ。雇用主としても、目をかけてる子のためならがんばれるでしょ? 手紙であんなに熱心に頼んできたんだものねぇ~」
陛下がにやっと笑いながら団長様を言葉でつつく。
え、団長様、一体どんなお手紙を送ったんですか……? ちょっと気になってしまうのは、やっぱり出発前のこととか、ベアトリスさんとの話があったせいか。
「できるだけのことはしますよ。精霊が関わるのなら、陛下の御身のためにも安全を確保すべきでしょうから」
「やだ、つまんないー」
陛下への悪影響を考えてのことです、と言われて陛下が口を尖らせた。
一方の私は胸をなでおろすような気分だった。
昨日のことがあるから、団長様がさらっととんでもないことを口走るんじゃないかと思ったからだ。
陛下はすぐに気を取り直す。
「とにかく精霊のことはリュシアンとフレイに任せるから、ユラはお茶会のことに専念できるかな? ただ心配なのは、飲食物のことだよねー。お茶は大丈夫かな?」
「たぶん、毒物とか入っていたらわかると思います」
ステータス画面見たら、毒入りとかしびれるとか、そういう異常を起こしたらわかると思うので。
「じゃあお菓子の方の管理を徹底したらいいかな」
「お菓子……そうですね」
陛下の話を聞きながら、私はふと思う。
普通のお菓子では無理だけど、精霊のおやつにしてしまえば、異常があるかどうかチェックできるのではないだろうか。
人が食べても問題ないわけだし。
「陛下、その件についてですが、全てに紅茶を混ぜることはできますか? そうしたら、何か異常があったら私にわかると思うんです」
「紅茶を? 珍しいお菓子が食べられそうだね。いいよ、それで行きましょう」
即決した陛下は、侍従さんを呼んで王宮の料理人さんに話をつけてくれた。
私は陛下と団長様とは別行動になり、その侍従さんと一緒に料理人さんと会うことにした。
お菓子の製作について、後で肝心の紅茶の葉を持って行くことを話したのだけど。
がっちりした体型に角刈りな髪型の、プロレスラーみたいな料理長さんが言った。
「お嬢さんもお菓子を作るんで?」
「本職さんがお作りになるのなら、私は遠慮……いえ」
私は思い直す。
「一つ二つ、作らせていただいてもいいですか?」
お茶会の前に、精霊のことが気になる。一度ソラにおうかがいを立てるためにも、一つ自由に消費できるお菓子を用意したかったのだ。
というわけで、さっそく私は、その日の夜に『試作したいので』と台所をお借りした。
王宮の厨房はとても広い。
かまども何個もあるし、鍋やフライパンの量も半端ない。
夕食の時間に使われた鍋やお皿を洗っている料理人さんやその手伝いの召使いさんがいる中だったけれど、私はおじゃまさせてもらって、隅を使わせてもらう。
お菓子を作る場所は、同時に作業する時に問題ないようにか、食事を作る場所とは隔てられていた。
料理長さんから頼まれて案内してくれた若い男性の料理人さんに、小麦粉やバター、砂糖なんかの場所を教えてもらう。
私の方は、お菓子に使ってもらうための紅茶を渡した。
「これが紅茶……」
お茶の葉が入った缶を開け、料理人さんはさっそく香りを確認した。お菓子に入れるから味も確認したかったのだろう、一葉摘んで食べてみたりしている。
その間にも私はお菓子作りの準備をする。
今日は試作と偽って、ソラ用を作成するのだ。
たまごの他に、小麦粉、バター、砂糖。そして紅茶を少し。
紅茶はすり鉢で細かくしておき、他の材料を合わせた後で混ぜて行く。
長方形の型を借り、温めてもらっていたオーブンに入れて待つことしばし。
出来上がったのは紅茶のパウンドケーキだ。
二つ作ったので、一つはいくらか切って、料理人さんと紅茶を淹れて試食してもらい、お茶会に出しても大丈夫か確認してもらう。
「……まぁ、大丈夫でしょう」
という、素人だけど王様の客人が作ったものだからという加点をつけての合格をもらったので、ちょっとほっとした。
一応料理長様にも確認してもらうため、残りを料理人さんに預け、私はもう一つのパウンドケーキを自分用として部屋に持ち帰ることにした。
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