エリック王子の秘密 3
は、早くないですか?
最初に思ったのがそれだった。
団長様も王都へ来るとは言っていたけれど、仕事を片付けたりする必要があって、時間がかかると言ってたような……。というか、私、ここに来てまだ三日ぐらいですよ?
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、団長様がつかつかと歩いてきて、私の側に立つ。
視線は、一歩後退ったエリック王子に向けられていた。
「この者が何か粗相をいたしましたか?」
淡々と尋ねる団長様を、エリック王子がにらみつけた。
「僕の後をつけてきた。不審者だ。そもそもなぜあなたがここに来ている?」
「この者を騎士団で雇っているので、責任者として来ております」
「帰れ。そもそも魔女の疑惑がある奴と関わるな。この魔女については元老院で審議して、陛下のご裁可を仰ぐ」
にべもなく切り捨てるエリック王子の言葉に、私は彼が陛下とは違う意見を貫くつもりなのだと理解した。
団長様はそれに関して、特に感情を揺らしたりしない。
「魔女ではありません。どちらにせよ、陛下に呼ばれてきていますので、帰るわけにもいきませんが」
「また陛下か……っ!」
エリック王子が吐き捨てた。
私はぎょっとしてしまう。エリック王子って、陛下と折り合いが悪いの?
「彼女に関しては、陛下も元老院の審議を望んでいないと聞いています。むしろ元老院の方々が、なぜそこまでおとぎ話のような存在を恐れるのか、と不審に思っているとか」
「不確定要素は排除すべきだ」
団長様の問いかけに、エリック王子はきっぱりと言う。
「火のないところに煙は立たない。何かしら国に良くないことを呼び込む輩かもしれないだろう」
「私が保証しても……ですか?」
団長様が一歩前に出る。
エリック王子は顔をそむけた。
「あなたはもう少し、自分のことを考えるべきだ、リュシアン。陛下もこの魔女を庇うことをあきらめて、大人しくこちらに引き渡せばいいはずなのに」
「…………」
なんだか様子がおかしいな、と私は内心で首をかしげていた。
エリック王子は、私が魔女だと信じているから元老院の人々と行動を同じくしているのだと思っていた。けれどこれでは……冤罪でもいいから魔女として引き渡せ、と団長様に言っているみたいだ。
団長様はふっと微笑む。
「今回ばかりは大人しく引き下がれません。……来なさい、ユラ」
呼ばれて、私はととっと団長様の側に駆け寄った。団長様が、そんな私の腕をつかむ。
「私はこの者を、決して手放さないと約束しました」
「へ……!?」
「なっ……!?」
とんでもない発言に驚く私とエリック王子に対して、団長様は「特に変なことは言っていないはずだが」と言いたげな表情で続けた。
「ずっと側に置いて守ると。なので濡れ衣を着せられたのならなおさら、私は最後まで救う努力をし続ける責任があるのです」
エリック王子がちらっと私の方を見た。
その瞬間に、お互いの気持ちが一致していると確信した。
――団長様はどうしてこんな恥ずかしいことを堂々と言えるんだ!?
という。
エリック王子の顔が真っ赤なんだけど、団長様の発言のせいだとしたら、けっこう純情な人?
誰にも内緒で薔薇を育てて楽しんでるような人だから、たぶんそう。そして私の方がより真っ赤だと思う。顔から発火しそうだもの。
でも同じようなことを考えている人がいるとわかって、なんか、落ち着いた。
そうするとますます不思議なのが、感性はまともそうなエリック王子が、どうして証拠もないまま頑なに私を魔女にしたがるのか、だ。
何か目的があるのだとしても、ちょっと無理があるのに……。
いや、無理を押せば通せる立場の人だから、平民の女を魔女に仕立て上げるなんて造作もないことだとは思うけど。現に国王陛下がかばってくださらなかったら、牢屋一直線だっただろうし。
それになんか、団長様に何か遠慮みたいなものを感じなくもない。微妙に言葉も乱暴じゃない……。
エリック王子がおほん、と咳払いした。
「と、とりあえず国王陛下にはこちらも進言し続ける。あなたは早く手を引け」
そう言い捨てて、彼は走り去った。
私の横を通りすぎざまに、『余計なことを言ったらコロス』見たいな目を向けた上で。
黄色いバラをこっそり育てていることぐらい、話したところで団長様は何も言わないだろうけれど。彼はどうしても内緒にしておきたいようだ。
今後何かの拍子に、そこから友好的な話ができるかもしれないし、私も内緒にしておこうと思う。
団長様がエリック王子の背中を見送った後、小さく息をついた。
「それでユラ。一体どうしてここでエリック殿下と会っていた?」
「たまたま、調査のために出歩いていたら王子と行き会ってしまっただけでして」
正確には尾行したのだけど、正直に言うと怒られそうなので内緒にした。エリック王子だって、あの様子だと詳細は団長様に話さないだろうし。
「それならいいが……。調査とはどういうことだ? 王宮に来てからのことを話せ」
促されて、私はしゃべった。
陛下が出迎えてくれたこと。喫茶室を運営することになったこと。
ベアトリスさんや、貴婦人三人組という仲間を紹介してもらったこと。
元老院の人々が喫茶室にやってきた時のこと。
そしてフレイさんが、精霊が騒いでいるので調査していると言っていたことも。
「精霊が……か」
団長様が周囲に視線を向ける。
同じ方向を見れば、木の枝先なんかに木の葉型の精霊や、鳥型の風の精霊なんかが見えた。
そこで私はふっと気づく。
騎士団の城を出てくるときには、あんなにもどう話していいのか頭が真っ白になっていたというのに。今は普通に団長様と会話していたんだな、と。
次に思い出したのは、ベアトリスさんとした話だ。
団長様が、何も考えずにそんな真似をするはずがない、という。
「…………」
考えるのはよそう。せめて今回の問題が終わるまで……。
もしくは団長様が、何かを言うまでは。
さもないと、何を話していいのかわからなくなる。
団長様の方も、今日は予定が混んでいるらしく、早々に王宮へ戻るために私を促した。
「精霊もおかしな様子は見受けられないが……。とにかく今日は部屋に戻っていた方がいい。私はこれから陛下と話し合いをしなくてはならん。おい火竜。行くぞ」
団長様が呼ぶと、近くの木の枝にいて、なぜか煙を上げていた火竜さんが寄ってくる。
「貴様……もっと恭しく呼ばんか、人間」
素直に従いながらも、火竜さんがぐちぐちと言う。聞こえていないからいいものの……と思っていたら。
「私の言葉は他の人間に聞こえる。変にへりくだっていたら、お前が狂暴な竜だと認識されて面倒なことになり、ひいてはお前の住処に帰る算段が遠ざかるだろう。我慢しておいてもらいたい。だから慣れろ」
「むぐぐぐぐ……」
明らかに火竜さんと団長様が会話していた。
「え、ええええ? 団長様、火竜さんの言葉が……」
尋ねた私に、火竜さんと団長様がほぼ同時に答えた。
「わけあって話せるようにした」
その後は団長様に、火竜さんから言葉がわかるような魔法をかけられたりしたことを説明されて、私はぽかーんとするばかりだった。




