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私は騎士団のチートな紅茶師です!  作者: 奏多
第三部 紅茶の魔女

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ざわめきでめざめた朝

 その日の朝、私は少し早く目覚めた。

 誰かに耳元でささやかれているような夢を見ていたのだけど……なんだったのだろう?

 人というより、ずっと耳元で精霊さんが騒いでいたような、外の葉がざわざわと風に揺れる音がずっと続いていたような……。


「ん……とりあえずは和やかそうだったし、良い夢だった?」


 誰それが死ぬとか、追いかけられ続けるとか、ゾンビが出てくる夢よりずっといい。

 とはいえ、まだ召使いさんも起きていない頃だろう。


 目がさえてしまって二度寝は無理そうだったし、そんなことをして寝過ごしたら、朝から着替えや食事の支度をしてくれる人たちに迷惑になる。

 だから私は、一人で庭をちょろちょろとすることにした。


 寝巻のまま動き回るわけにはいかないので、部屋着のゆったりとした腰を締め付けないドレスに変え、掃き出し窓のあるベランダから外へ。

 目隠しのように配置された木立には、数本、蔓薔薇が絡んで赤い花を咲かせている。

 私がいない時間などに庭師さんが丹精しているのだろう。枯れた薔薇も処理されて、虫もあまりついていない。


「この世界でも薔薇って手がかかるのかな……」


 前世で一度鉢植えの薔薇を育てたことがあるけれど、ちょっと外に置いただけでアブラムシがくっついて大変だった。

 後で育て方の本なんかを見て、筆でいちいち落とさなければならないとか、薬剤を使うというのを知って。薔薇は買うもんじゃない……と思い知ったのだ。

 もうそれだけで庭師さんはすごい人だというイメージを持っている。


 そんな薔薇の影から、ぴょこっとゴブリン精霊が顔を出して、さっと姿を消した。


「……まさか、本当に朝方から精霊さんが騒いでたのかな?」


 しかしまだ私は、ステータス画面を利用しないと精霊さんの言葉はわからないはず……。

 だから夢なんだろうと思い、部屋の前の庭から外へ出てもっと大きな庭に出る。

 その先は、右手が広大な森の入り口。

 左は昨日見た、小さな池のある庭園だ。


 早朝だから貴族様が庭を歩いたりしないだろうけれど、どうせなら行ったことがない方向へ行こう。

 私は森の方へ歩いて行く。


 森の中は、もしかすると軽く狩猟なんかもできる場所なのかもしれない。どこからか鹿の鳴き声が聞こえ、時折はるか遠く木の梢で鳥が飛び立つ。

 ただちょっと不思議なのが、野生化しているのだろうか。薔薇が時々木に絡んで生えていた。


 まるでヘデルみたいに。

 もちろんヘデルもあったけれど、森の中で薔薇が元気よく生えているのは不思議だ。


「虫害に強い種類なのかな……? それとも王宮の中だからと思って、植えた?」


 植えたのなら、さすがに広範囲すぎる。道のかなり向こう側の木にも薔薇が絡んで咲いている。だからたぶん、庭園の薔薇を植え替える時に捨てるのはもったいなくて植え替えて、それが増えたのかも。


 真実はわからないので、早々に考えるのをやめた。

 ふと見れば、近くの薔薇にまたゴブリン姿の精霊がいた。そして目が合うとまたさっと姿を消してしまう。


「ここの精霊さんは人見知り?」


 いつものゴブリン精霊さんの行動と、ちょっと違うような気がする。でももともと気まぐれな存在なので、これも考えても仕方なさそうだ。

 ある程度歩いたところで、部屋に引き返すことにしたのだけど。


「ユラさん?」


「え、フレイさん」


 森の奥の方から歩いてきたのは、フレイさんだった。

 彼も朝早く起きて歩き回っていたからなのか、いつもよりずっと軽装だ。マントもしていないし、いつもと違う王宮騎士らしい黒の騎士服の上着を羽織っているだけだ。剣は身につけているけれど。


 最近のフレイさんの所業が所業なので、やや緊張してしまうが、それよりもまずフレイさんに頭を下げなくては。


「昨日はありがとうございました。改めてお礼を言いたいと思っていまして」


 女性ばかりしかいなかったから、男性の集団がおしかけてきたのでちょっと怖かった。

 私を守ろうとしてくれたイオリア様にもベアトリスさんにも申し訳なかったので、フレイさんが二人を守るようにしてくれて本当にありがたかったのだ。


「国王陛下から頼まれていたことだから、仕事をしただけだよ。まぁ、トリアード公爵夫人がいれば十分だったみたいだけどね」


「それでも、男性ばかりで押しかけて来られると威圧感がすごいですから。一人でも男性が側にいてくれると有難いものですよ」


 なにせ私、手を挙げられてもおおっぴらに反抗できないし。

 あ、でも、普通の盾の魔法をあらかじめかけておけば大丈夫かな? とっさにってことになると、うっかりフルパワーの魔法かけて、叩こうとした相手を吹っ飛ばしてしまいそうで、恐ろしくて使えない。

 それをやっちゃうと、さすがに私の異常がまるわかりで、魔女認定されそうだ。


 ……ちょっとだけ、吹っ飛ばされるところを見てみたい気もしたけど。

 なんにせよ、彼女たちが手を挙げられるぐらいなら、自分が前に出て……と思っていたので、フレイさんが抑止力になってくれて助かった。


「役に立ったのならよかった」


 フレイさんはさわやかに微笑んだ。


「ところでユラさんも、精霊が騒がしくて起きてきたのかい?」


 どうやら昨夜も精霊が騒いでいたらしい。


「いいえ。私はなんとなく早く目が覚めてしまって」


 騒がしかったのかもしれないけれど、はっきりと聞いたわけではないし夢かもしれないので、はっきりとは言いにくかった。


「そうか……」


「フレイさんはそれを調べに来たんですか?」


 尋ねるとフレイさんはうなずく。


「前回は声の元になった精霊を見つけられなくてね。今日こそはと思ったんだが……」


 そこでフレイさんがあくびをこらえるように口を押さえる。


「あまり眠っていらっしゃらないのでは?」


「夜中にも精霊が動き出さないか見張っていてね……。その後仮眠していたら精霊の声が聞こえて起きたから……」


 フレイさんの目が、あくびのせいでちょっと潤んでいた。

 ……なんだか少し艶っぽい感じがして、私は視線をそらす。


「喫茶室は今日もお昼からですし、それまでお休みになってください」


「そうしようかな。……じゃあ、ユラさんを部屋までエスコートしてからね」


 言ったフレイさんは、私に手を差し出す。

 そんな風にされると、拒否しにくい。手を無視したら、ものすごく私が人でなしみたいで……。

 だから手を載せたのだけど。


「……うん、今のところはこの距離か」


 フレイさんがぼそりとつぶやいて、私の手を軽く握る。

 何の事だろうと思ったけど、その間にフレイさんは歩き始めてしまい、聞きそびれてしまった。

 しかし手を引かれて歩くというのは、気恥ずかしい。でも、前もなんだかんだと離してくれなかったんだよな……。

 思い出しているうちに、部屋の近くの木立まで来た。


「あ、ここまででけっこうです。それではまたお昼に」


 そう言って手を離そうとしたら、フレイさんはにっこり微笑んだ。


「部屋の前にも騎士が控えているけれど、昨日のこともあるから一応気を付けて。それじゃ」


 なんの変哲もない、一時的な別れの言葉。

 だけどフレイさんは笑顔のまま私の手を持ち上げて、手の甲に口づけてしまった。


「え、あの!」


「エスコートしたのだから、これはそのついでの礼儀みたいなものだよ」


 うろたえる私に、びっくりする方がおかしいのだと言わんばかりに言って、フレイさんは手を振って離れる。

 そのまま彼の姿が見えなくなるまで、私はそこに立ち尽くしてしまった。


「ゆ、油断した……」

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