プレ王宮喫茶室当日3
先頭にいた髭の男性の話し方からすると、イオリア様はこの男性の知り合いか身内のようだ。
イオリア様は持っていた扇を開きながら応じる。
「陛下から王宮に喫茶室を設けるとうかがったからですわ。そんな面白いことをするのなら、ぜひ行きたいと思いましたの。だというのに……」
イオリア様は嘆かわしいものを見る目を向けた。
「婦女子しかいない場所に怒鳴りこむだなんて、あなたときたら」
「し、しかしここは魔女が、魔女が怪しげな茶を出すというではないか!」
貴族男性はさっと周囲を見回し、私に目を留める。
「この魔女めが。陛下を怪しげな術でたぶらかして、王宮内の人間を魔術で操ろうとしておるのだろう!」
「え……」
私は(さて困ったぞ)と思う。
こういう思い込んでいるっぽい人は、たいてい人の話は聞いてくれない。せめてお茶で気持ちをふわんとさせた後でなければ、話してどうにかなる気がしない。
三十六計逃げるに如かずか。それともなんとか、カモミールティーを飲ませるか。
考えがまとまるより先に、男性貴族が私の方に掴みかかって来ようとする。それを遮ったのは、扇を持つ手を伸ばして通せんぼしたイオリア様だ。
「ベネディクト・エルス・トリアード。大恩ある陛下の意に逆らう気ですか? 彼女は陛下の命を受けて、ここでお茶を提供しているのですよ?」
うぐっと貴族男性が言葉に詰まる。
名前からして、彼はイオリア様の夫君だったようだ。
ああなるほど……と私は理解する。こういう事態を見越して、イオリア様達は喫茶室に来てくれるんだなと。
けれどドリアード公爵はここまできて引けなかったのか、悔し気に続けた。
「そ、その恩のためにも我々は陛下をお救いせねばならんのだ。きっと魔女のせいで陛下も判断を誤っておられるに違いなく……」
イオリア様がため息をついた。
「困りましたわね……。そもそも私もあなたも、一度は彼女のお茶を飲んでいるのですよ」
「は!?」
目を丸くするトリアード公爵に、イオリア様が続ける。
「新しいお茶を陛下から分けていただいたと言って、つい数日前に出したでしょう? だから彼女のお茶を飲んだからといって操られないことは、あなたが今こうして実証している状態なのではなくて?」
ねぇ? とイオリア様が私を振り返って笑顔を見せる。
「操られていたら、あなた抗議しに来ないのではなくて? 他の方々も」
じろりと見られて、ドリアード公爵以外の貴族男性達も視線をそらす。
まぁそうですよね。私がひょいひょいと人を操れるのなら、昨日会った瞬間に私を攻撃しないようにするだろうし……。さすがにそこはわかっているんだろう。
貴族の中にも、仲間内だから反対できずについてきたのか、後ろの方で傍観態勢に入っている人もいた。おそらく彼らは元老院(別に貴族のおじいさんの集まりではない)所属の貴族達なのだけど。その中では驚くほど若い人だ。
栗色の髪の青年貴族は、私と目が合うとにこっと微笑む。
……なんだろう。陛下が味方してくれている私と、友好的でいたいのかな。
私を強引に連れて行くために連れて来たらしい騎士は、最初から魔女なんて信じていなかったのか、苦笑いしている。
けれどトリアード公爵はここまで来て何もしないのは嫌だったようだ。
「とにかくこの娘には話を聞かせてもらわなければならぬ。おい、ここから連れ出せ!」
あまり乗り気ではない騎士達に命じた。騎士達もそういわれては仕方ないと動き出す。王宮の騎士ではないのなら、主は公爵なのだから、その言うことを聞くしかないのだろう。
と思うけど。
「え、ちょっと待ってください。私何もしてません!」
「申し開きは後で聞く!」
ずかずかとやって来ようとするトリアード公爵を、再度イオリア様と、ベアトリスさんが間に立って押しとどめた。
さらには一緒に来ていたフレイさんがその前に立つ。
「陛下のご許可がなければ、この人物をここから動かすことは許されていません。お引き取りください、公爵閣下」
「な、お前は誰だ!」
どこかのお芝居みたいなトリアード公爵のセリフに、フレイさんがしれっと答える。
「先日から陛下直属の騎士となった者です。そもそも元老院の方々とは、陛下が責任を持って管理をするので手を出さないと取り決めたはず。だからこそ部屋の前に監視を置いていますし、喫茶室にも私の他に、皆様に何か起こらないように監視する騎士がついているのですが……。陛下との取り決めを無視されるのですか?」
先日って、たぶん昨日だよね。
にしても、そんな取り決めを陛下としたのにここへ乗り込んで来たんですか、元老院の皆さん。よっぽど私を排除したいのだと思われる。
のんきに分析しているみたいだけど、正直貴族のお偉いさんを『怒らせずに』抗議する方法が思いつかないので、戸惑っているだけなんです。
だからがんばれ、がんばってくださいフレイさん!
「は、話を聞くだけだ!」
トリアード公爵一人だけに言わせるのは可愛そうだと思ったのか、他の貴族男性が援護射撃を行った。
おお、美しい友情だ……。正直トリアード公爵ばかり矢面に立ってるものだから、みんなダチョウ倶楽部みたいに彼一人に押し付けてるのかと思ってた。
トリアード公爵にもちゃんと味方がいてほっとする。
「お話なら陛下が聞いておいでです。それとも陛下のお言葉を信用できないと? 」
とうとう能面のような表情と冷たいまなざしになったイオリア様の様子に、トリアード公爵はこれ以上押せなくなったようだ。
「知りたいことがあるなら、陛下におうかがいなさいませ。そして陛下のお声がかりで始めた試みの邪魔をなさらないように。恩をあだで返すような夫を持った覚えはありませんよ?」
トリアード公爵は、それで引き下がることにしたようだ。
彼と一緒にいた貴族達も、さっさと逃げてしまう。
ようやく静かになったところで、イオリア様が静かに席についた。
「それで、どの紅茶がおすすめなのかしら?」
その声にベアトリスさんが応じて注文を受け、ようやくプレ喫茶室らしくみんなが動き始めたのだった。
その後は、用意周到に時間をずらしてイオリア様が呼んだというお友達がやってきた。
三十代以上の貴婦人が三人と、その娘なのだろうご令嬢が二人。
彼女達は王宮の一画でお茶をしながら庭を眺める時間を、楽しくおしゃべりをして過ごしてくれた。
中の一人が、カモミールティーを頼んだせいなのか、ふわんとした表情でつぶやく。
「喫茶室というのもいいわね……。この年頃の子って、どなたかと出会わせようにもなかなか難しいでしょう? 頻繁に夜会に連れ出すのもおかしいし、昼間の集まりということになると、どうしても女性とのお茶会というのが多いから、主催の方からお声がかかってセッティングしていただいた見合いの場、という感じになりますもの」
その貴婦人の隣に座っているのは、まだ十四歳くらいの令嬢だ。
こんな早くから貴族は結婚相手を探すのか。時代や世界が変わっても、婚活はなにかと大変らしい。
「でも王宮には用もないのに頻繁に私共が行くことはできませんし……なにせ陛下には、王妃様がおられないわけですから。お尋ねする理由を作るのが大変で」
「あら、本人に恋のお相手を探させるつもりなの?」
他の貴婦人に彼女は尋ねられてうなずく。
「王宮内なら、出会う相手は問題ないでしょう」
「それもそうね」
先ほどとは打って変わって穏やかな会話を続けた貴婦人達は、お茶と一緒に王宮の素敵なお菓子を堪能してゆったりと過ごした後、帰って行った。
今日は彼女たちが帰ったところで、お店を閉める。
「……問題はありましたけれど、まずは第一歩ですかね」
独り言をつぶやいた私に、ベアトリスさんが笑う。
「問題についてはほぼ予定通りですから、まずは問題なく開始できたかと思います。明日は何時からになさいますか?」
「そうですね……これからしばらくは、お昼から夕方までとしましょう。よほど繁盛したら、午前中からということで」
ただこのゆったり具合だと、目の回る忙しさになる、ということはないだろう。
……なんて思っていた私は甘かったのだった。




