プレ王宮喫茶室当日2
扉の外でフレイさんが見張る中、私はまず部屋をもう一度見まわしつつ、昨日行った席配置が問題ないかどうかを確認した。
そして給湯室になる続き部屋も確認。
お茶を淹れるため、運んだお湯を温められる魔道具が設置されていて、とてもありがたい。
冷蔵庫にはちゃんとミルクも置いてある。
そうしているうちに、召使い達が昨日ベアトリスさんに依頼していたものを運んできてくれた。
はちみつや乾燥リンゴなどの果物類。そして焼きたてらしいクッキーまで。
すごい。
今日は短時間の開店でそれほどお客が来ないから少数でと伝えていたけれど、それにしてはやや多めな感じ。
「後からケーキも運ぶことになっております」
ベアトリスさんの話に、私は恐る恐る尋ねる。
「あの、余っても大丈夫ですか? それともみんなでなんとかしてわけて消費するべきですか?」
「その辺りはユラ様のお好きなように計らってください。余ったものは厨房に返せば、そちらで使用人たちのおやつになるでしょうし」
なるほど。
基本的にこの喫茶室では、お菓子類は王宮で作ってもらえるので、それらは特に料金も取らず、好きに注文してもらうことにしている。私が作っているわけじゃないから。
むしろお菓子につられて、お茶を飲みに来てくれることを期待中だ。
「ではある程度は、お手伝いしてくださった人達と分けるとして……」
と話したところで、お湯やお菓子を運んできた召使いさん達の頬がゆるむ。うん、仕事ついでにお菓子をもらえるってなんか嬉しいよね。
「まずはどんなものを出しているのかわからないと応対しにくいと思うので、みなさんに飲んで頂こうと思います」
私はポットを四つ用意した。
一つで三人分は入れられそうなので、女官さん二人と召使いさん四人分として、二杯分は提供できる。
お湯を運んでもらって、その温度を確認してから、基本の紅茶を淹れる。
ふわり、蒸気と一緒に匂い立つ香りが甘く香ばしい。
この香りを嗅いでいるだけでも心がほっとする。
それをカップに注いで、召使いの一人に手伝ってもらって運び、席について飲んでもらう。
最初、席につくことに召使いさん達はとても戸惑っていたけれど、落ち着いて飲んでもらって、しっかりと紅茶の味を覚えてほしいので頼み込んだ。
お客扱いの私からサーブされるのにも困惑している様子だったけれど、紅茶の味を覚えるためなのでと説得し、まずは飲んでもらう。
「一口目だけはそのままで。甘味がある方が好きな方は、お砂糖を入れてもいいですし、好みの方はミルクを入れて試してみてください。色んなパターンを覚えている分だけ、お客様に提供した時に説明がしやすいので、どんどんやってくださいね」
これも仕事のためと言えば、召使いさんも恐る恐るながらにお砂糖を入れてみたり、ミルクを混ぜてみたりする。
「……あ、おいしい」
ミルクを入れた人が、ぽそっとつぶやいた言葉を聞いて、私の口元がゆるむ。
そうかそうか。君はミルクティーが好きなんだね。私も大好きですよと心の中で思う。
「ヘデル茶よりも香りがすっきりしてて、飲んでも渋くなくていいかも」
それはもう、ヘデルから作っていますが、あちらはほうじ茶っぽいやつですからして。あと渋いのは淹れ方の問題かもね。
色々感想を口にし始めたところで、私は次のお茶を淹れてテーブルに置いて行く。
「これは果物を入れたものです。このアップルティーはリンゴを入れているので甘いと思いますから、お砂糖は入れない方がいいかもしれません。まずは飲んでみてくださいね」
勧められた召使いさん達や女官さんは、一口飲んで「あ、甘い」と口々に言う。
「甘いお茶の場合はそのように伝えた方がいいかもしれませんね。慣れていない方は、お茶を飲んでみてからお菓子を選んでいただいた方がよさそうです」
ベアトリスさんの評に、私はにこにこだ。
「ぜひそう勧めてください。お客様にとっても、紅茶は馴染みのない飲み物なので、情報提供が必要だと思うので」
そうしてひととおりお茶を飲んでもらった後、一度後片付けをしてからお昼の休憩をする。それからようやく開店だ。
両開きの扉の前には「喫茶室」と書かれた木の看板を花で飾って置いてみた。
これで「何か変なものがあるぞ」と興味を引こうと思ってのことだ。
扉の前には交代で召使いさんに一人待機してもらい、尋ねてきた人に説明をしてもらうことになっている。
ここはテーマパークやお城の博物館というわけではないので、喫茶店なんてものが入っていると思う人はいないだろうから。
ある意味サロンの一つ、みたいな感覚で立ち寄ってほしい。
「そう、紅茶を楽しむサロン……いいじゃない?」
ぶつぶつ一人でつぶやいていると、第一号となるお客様がやってきた。
年齢不詳ほんわり美人のトリアード公爵夫人だ。
「ごきげんようユラさん。ここを喫茶室にしたのね。いい選択だわ」
「いらっしゃいませトリアード公爵夫人。こちらを選定なさったのは陛下でございますよ。とても良い場所で、感謝しております」
さぁどうぞと席へ案内しようとしたら、夫人は入り口近くの席を選択する。
「もっと景色の良い場所はいかがですか?」
せっかく協力してくださっている方なので、ぜひ特等席にと思ったのだけど、トリアード公爵夫人は首を横に振る。
「今日はここにしておくべきだと思うの。良い席は、また後日お願いするわ」
それと、と続ける。
「ああそう。私のことはイオリアと呼んでちょうだい、ユラさん。名前で呼んでいただきたいわ」
「え、あの、貴族のご夫人のお名前を私がお呼びするのは……」
さすがに僭越なのでは。
そう思ったけれど、イオリア・ネイ・トリアード公爵夫人は譲らない。
「あなたにとっても必要なことだし、いずれ紅茶を融通していただくためにも、ぜひお友達になっていただきたいから。ね?」
紅茶の売り買いのことを持ち出したのは、利のあることだから、と私がうなずきやすくしてくれたのだろう。
そこまで言ってくれたのに、断るのも申し訳ない。
お辞儀して了承する。
「承知いたしました、イオリア様」
私の返事に、イオリア様が満足そうにうなずいた時だった。
「なんだこの店は! 全く陛下の道楽には毎度毎度……!」
怒鳴り声が聞こえ、外にいた召使いの女性が怯えたように中に入ってきた。
「魔女が他人に飲食物を提供するなど、毒を入れられそうなものを出す店など許可できん! 即刻ここを片付けろ!」
怒りながら入ってきたのは、あごが角ばった顔立ちに立派な髭の、白髪交じりの髪を首元で束ねた貴族男性と、似たような年頃の貴族男性が三人。
そして彼ら自身が雇っているらしい、王宮勤務の人とは違った赤っぽい服装の騎士が数名いる。
押しかけた彼らのせいで、一気に喫茶室の入り口が混雑する。
怯える召使い達はベアトリスさんに手招きされて部屋の隅に固まった。
私は、ここで自分が矢面に立たねばと思ったのだけれど、それよりも先に、イオリア様がつかつかと彼らに近寄った。
「まぁ、騒がしいこと。これからお茶の時間を過ごそうとしていたのに、無粋なことをして」
笑みを浮かべて先頭の男性に近づいていく。すると貴族男性が驚愕の声を上げた。
「イオリア……なぜここに!?」




