衣装チェンジをしたらお仕事の下準備です 2
出されたお茶は、ローズヒップティーだった。
前世の世界と同じなら、ビタミンCがたっぷりだし、バラの実のお茶というだけで優雅な感じがするしで、女性が好みそうな要素がたっぷりのお茶である。
今度紅茶に混ぜてみるかな……。
ついそんなことを考えてしまうものの、私の目は油断なくご夫人方とベアトリスさんの所作を確認。
……うん、普通に飲んでも大丈夫そう。
口をつけないのは失礼すぎるので、おずおずとながらもローズヒップティーを飲む。
少し酸味のあるお茶を堪能しつつも、次は何をしたらいいんだろう、何か話すべきかと迷う。
でもしゃべることも思いつかなくてで固まっていると、すぐ隣にいた年齢不詳のトリアード公爵夫人がクッキーを勧めてくれた。
「甘いものをどうぞ、ユラさん。私、あなたの紅茶を飲ませていただいて、すっかり気に入ってしまったの。クッキーも紅茶と一緒の方がとてもおいしく感じるわ」
「私はミルクを入れたものが好きだわ。蜂蜜や砂糖で甘くすると、とても美味しかったの。疲れもとれるしすごいのね、紅茶って。あれは魔法で作っているんですって?」
続けて話しかけてくれたのが、年長のイセル侯爵夫人だ。
イセル侯爵夫人は私のお祖母ちゃんよりも少し若いけれど、温和であたたかな雰囲気を感じさせる人で……なんだか一番見ていてほっとする。お祖母ちゃん子だからだろうか。
優しさに引き寄せられるように、おずおずと私はうなずいた。
「魔法で作っています。ああいった感じの味のお茶が欲しいなと思いまして……」
「発明してくれてよかったわ。陛下から購入した商人について教えてもらったの。いつでも飲めるようにしておこうと思って」
トリアード公爵夫人が言うと、私も、私もよと他の二人も続けて口にしてくれる。
おお、商売繁盛だ。
ヨルンさんも今頃ウハウハだろう。後日「大量注文が入りましたよ!」とまた満面の笑みでやってきてくれるかもしれない。
想像すると、自然と私も口元に笑みが浮かんだ。
「あ、やっと笑ったわね、ユラさん」
アネーヴェ伯爵夫人が目を細めて嬉しそうにする。
「ドレスを着て浮かれている様子もないし、甘いものを口にしてもまだ緊張しているみたいでしたし、どうしたら気を緩めてもらえるかと思っていたのだけど。あなたは商売人気質の方が強いのかもしれないわね」
ずばっと口にしされて私は恐縮する。
……そうかもしれない。
「私達、あなたの状況は承知しているわ。国王陛下が私達をお呼びになって、ご説明してくださったから」
そのまま話が本題に入ったのを感じて、私は思わず背筋を伸ばす。
「事情を聞いて、確かに異常だと私達も感じています。特に夫や息子が貴族院に所属しておりますけれど、彼らから話を聞いた時点で違和感はありました」
陛下だけではなく、アネーヴェ伯爵夫人達も違和感があったらしい。
そして国王陛下がこの三名を私に引き合わせた理由を察した。紅茶好きで私の側に立ってくれそうで、しかも私を牢に放り込みたい人々が身内にいるので……彼女達から働きかけることによって、もし勘違いであれば、意見を変えさせることができる立ち位置の人だからだ。
「ろくに会ったこともない女性の意見をうのみにするなんて……。罪人とされる側が平民だとしても、やはり女性としては、一度は何かがあるのではないか? と疑うものですからね」
柔らかなはずのトリアード公爵夫人の笑みが、少し怖い。でもそういう面からも、国王陛下が女性三人を味方に引き込みやすかったんだろう、というのがうかがえた。
この三人のご夫人は、このことがあるから余計に国王陛下のしようとしていることに味方しようと考えたのかも?
「こういう理由で、私達はあなたの喫茶室? にも陛下のお茶会にも協力することになっているから、という挨拶のつもりで今日あなたを呼んだのよ」
アネーヴェ伯爵夫人が言ってお茶に口をつける。
「喫茶室を訪れた時には、こんな話をするわけにはいかないし、陛下のお茶会の時にも説明なんてできないわ。でも協力者がいないと思って対応するのと、そうではないのは違うでしょう? 私達も協力をしたのに、警戒されてしまっては寂しいですからね」
楽し気に笑う三人に、私はほっと息をつく。
「ところで喫茶室はいつからはじめるのかしら?」
「ええと」
尋ねられた私は、詳細についてまだ話していないなと思い、ベアトリスさんの方を見る。すると彼女は心得ていたかのように言った。
「茶葉が用意ができましたら、すぐにでも。喫茶室を訪れる貴族の人数はそう多いものではないでしょう。給湯所の隣に部屋を用意しましたし、菓子をほとんど王宮の料理人に準備をさせるのなら、茶葉の準備さえ整えば、明日からでも可能ではないかと思いますが、いかがですか? ユラ様」
お湯の準備はオッケーで、お菓子も精霊のおやつを作る以外は、王宮の素晴らしい菓子を分けてもらえるのならそれでどうにでもなるだろう。
「お茶の葉はそれなりの量を持ってきました。他のものを全て用意していただけるのなら、明日からでも運営は可能かなと思います」
答えた私に、ご夫人方三人がうんうんとうなずく。
「それでは、明日以降に私達がそれぞれ訪問いたしましょう。……ふふ、楽しいわ。きちんと私達が客寄せになるといいのだけど。王宮で知り合いに会ったら、誘ってみますわね」
トリアード公爵夫人はとても楽しそうだ。
「もし貴族の誰かが喫茶室に難をつけてきたとしても、私達か、そちらのベアトリスが対処するから安心するといいわ」
「ええ。私達はあなたの味方のまま、変わることはないから安心なさって」
続けてイセル侯爵夫人が優しく教えてくれる。
「そもそも私達は陛下にご恩があるの。陛下は情に厚い方だけど損得についても心得ていらっしゃるから、恩を売ってある私達にお手伝いを頼まれたのよ」
その言葉に、アネーヴェ伯爵夫人が笑う。
「私達も、その方が動きやすいのよね。夫達にも「陛下のご恩をお忘れになったの?」と言うだけで充分だし、とても楽だわ」
私は驚く。
貸し借りがあると言いながらそれを重荷に感じることもなく、みなさんが軽々とそれを使って自分と国王の望みをかなえる道具にしていることに。
「陛下はご結婚なさらないことを条件に即位された方。当時はそれがまかり通る状況だったけれど、王位についての当面の問題が解決したとたんに、言をひるがえす者も多かったわ。だから陛下も、恩を売って味方を増やしてこられた。……うちの夫もご恩のことはわかっているはずなのですけれどね」
「普通の状態なら、ですわね。やはり異変が起きているのでしょう」
イセル侯爵夫人の表情がくもる。
「もし国王陛下が危惧された通り、何らかの魔法の影響だとしたら、そのゆがみを正してほしいと思っています。よろしくね、紅茶師さん」
三人の女性にじっと見つめられ、私はかくかくとうなずいた。
「で、できるだけのことはいたしますので……」
絶対に解決してみせるなんて言う自信はないけど、自分が国外逃亡しなくてもいいように、がんばろうと思います。
そんな私の様子を見ながら、ベアトリスさんが満足そうに微笑んでいたのだった。
その後は喫茶室にする場所まで、ベアトリスさんに案内された。
午後はとても日当たりがよさそうな場所だった。外は薔薇の生垣で、開かれた窓からは馥郁とした薔薇の香りがそよかぜと一緒に吹き込んでくる。
部屋の中は白を基調に、壁には金の装飾や美しい風景画が飾られている。
すでに喫茶室にするつもりだったのか、いくつかの飴色に輝く丸テーブルが置かれているけれど、それも猫足の金の装飾がついたものだ。
なんという優雅な。
まさに貴族が午後にお茶会をしそうな感じのお部屋。
そしてドレスを着せられた意味がよくわかる。いつもの服じゃ給仕をするにもあまりにもお部屋に見劣りしすぎて、私も肩身が狭かっただろう。
……周囲に溶け込んで隠れられなくなるから。
「給仕などの手伝いに関しては、召使いを数人常駐させます。女官も私と、もう一人が交代でつくことになっていますので、安心してくださいませ」
「ありがとうございます。心強いです……」
貴族様への対応なんて、ほとんどよくわからない。
メイア嬢はこっちが田舎の平民だとわかっていたからか特に何も言わずにいてくれた。団長様には貴族への対応というよりも偉い人への対応をしていたけれど、厳しくなかったのは騎士団という場所であり、団長様自身が貴族よりはその一員であると考えていたからだろうと思っている。
それにここでは平民だからと、絡まれるかもしれないし……。
心穏やかになるお茶を中心に出そうかな。みんな心がほわほわするだろうから、私も絡まれにくくなるだろうし。
いやいや。ここのお茶を飲むと眠くなるとか言われたら困るかな?
でもお茶のラインナップには入れておきたいな。
とするとストレートの紅茶と、ハニーティー、アップルティーも外したくない。あとミルクは私が混ぜなければ大丈夫なので、小さなミルクピッチャーで提供したらいいだろうか。
色々考えた末に、必要なものをベアトリスさんにリストアップして依頼しておく。
お茶器だけではなく、果物なども全て用意可能だと請け負ってくれてとても安心した。
それでも心配になることはあるから、明日はまず短時間だけこの喫茶室を開けて、少数のお客様に入ってもらって問題がないか確認。
よければ明後日から、昼から夕方まで営業することが決まった。




