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私は騎士団のチートな紅茶師です!  作者: 奏多
第三部 紅茶の魔女

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衣装チェンジをしたらお仕事の下準備です

「さあ出来ましたわ」


 やりきった表情で私の姿をいろんな角度から見ていたベアトリスさんは、ふぅっと息をついた。

 私も肺の奥からそろそろと息を吐く。


 入浴から衣装全とっかえまで一気にこなすと、さすがに疲労がすごい。でも、もたもたする私を浴槽に放り込んだり、衣装を着せるために動き回っていたベアトリスさんや召使の皆さんが疲れてるはずなので、泣き言は口に出せない……。


 しかしコルセットをゆるめるのがうまくいってよかった。

 息を吐いてと言われた瞬間、逆にお腹を膨らませて抵抗した自分、グッジョブ。それでもきつい気がする。

 そして目の前の鏡には、一生着ることなんてないだろうと思っていたシルクのドレスを身に着けた、自分の姿が映っていた。

 色は赤みの強い紅茶色。瞳の色と同じで、わかっていてあつらえたような感じだ。


「いかがです? 陛下の母君が所蔵していたものですが、紅茶と同じ色のドレスを陛下がご指定になったのですよ。まだお若いユラ様には、少し渋めの色のような気もしましたけれど」


 とベアトリスさんに言われてしまった。

 おぅ……陛下のご指示でしたか。

 しかし多少落ち着いた色だけど、小心者の田舎娘である私は、恥ずかしさのあまり部屋の隅に張り付いてしまいたい。なにせこのドレス、どう考えても故郷の家一軒ぐらい建ちそうなお値段だもの。


 ゲームでドレスの売値を見たことがあるけれど、絹のお姫様のようなドレスはバカ高かった。防御力はほとんどないのに高くて、小さなクエストのために買う人がいたり、非戦闘時に着る人がいるぐらいだったのを覚えている。


 たぶんお値段はゲームで見たものと同じような感じだと思う。陛下のご親族所蔵となれば、もっとバカ高いかも?そんな高級品を破いたらどうしよう。汚したらどうしようと思うと、もう落ち着かない。

 そんな気持ちも、ベアトリスさんはお見通しのようだ。


「絹は着慣れないかもしれませんが、王宮では綿や麻を着ている方が悪目立ちしますからね。綿を着ている女性は召使いぐらいでしょう。それに……」


 私が着ていた服をお洗濯に回すよう、召使いに指示してベアトリスさんは続ける。


「ユラ様がこれから戦うのは、貴族。人は自分より立場が弱い者の言葉を聞かないことが多いものです。ここはしっかりと、陛下の客人として遇されていることを身なりからも主張するべきでしょう。いわばドレスは戦闘服ですわね」


「せ、戦闘服……」


 確かに、戦場に見合った服を着るべきだとは思う。理屈は私にも理解できた。


「だけど着慣れなくてこう……」


「では慣れましょう」


 ベアトリスさんは快活に言って、私の手を引いた。


「さ、今からあなたは陛下が特別に王宮へ招いた令嬢です。他人の目からみて問題なければ、自信がつくでしょう」


「他人……って、まさか」


 え、このまま人に会いに行くんですか?


「お散歩いたしましょうね」


 ベアトリスさんは強引に私を部屋から連れ出し、抵抗する理由を思いつけない私は引きずられるように散歩に出かけることになってしまった。


「あの、散歩といいましてもどこに?」


「ご挨拶にうかがっていただきたい場所がありますので、そちらへ向かいます。どうぞこのまま私の後についてきてくださいませ」


 右も左もよくわからない私は、とにかく言う通りにする。


「先程のお部屋は、正王宮の西にあります。陛下から、ユラ様が萎縮したりしすぎないよう、あまり貴族の方とは顔を合わせることのない場所ですので、気楽にお過ごし下さい」


 この配慮はありがたい。部屋を一歩出たら1秒でお貴族様に会う場所とか、ゾッとする。


「お気遣いありがとうございます」


「いえいえ。それよりも肝心なのは、喫茶室にする場所に近いことと、厨房に近いことかもしれませんね。お菓子などもお作りになると聞き及んでおりますので」


 それはすごく嬉しい。

 ソラを呼び出すにしても、精霊さんに協力を仰ぐにしても、紅茶入りのお菓子は必須だもの。


 そう……精霊さんは呼べるようにしておきたい。

 王宮にいる貴族が、ただ平民だからと私を嫌っているとか、見下してるだけなら普通だ。けれど陛下が言うには、ちょっと異常らしいのだ。


 メイア嬢と他の貴族との関わりという面に関しては、私よりよくご存知の陛下の意見を重視すべきだろう。

 そして異常があるとしても、私じゃ王宮内のことをつぶさに調べられない。こういう時は、手っ取り早く精霊さんに情報提供を頼むのが一番だ。


 なんてことを考えている間に、王宮のどこをどう歩いたのかわからないうちに、とある部屋の扉が開かれた。

 連れていかれたのは、王宮の一室だった。


 ノックをして、ベアトリスさんが扉を開ける。

 中にいたのは、三人の貴婦人達だった。


「待っていたわ、ベアトリス」


 最初に立ち上がったのは、五十代くらいの髪が白くなった女性だ。品よく結い上げた髪には、これも上品なのだけど恐ろしく値が張りそうな宝石の装飾品が輝いている。


「そちらが例の……?」


 一人目のご婦人の右隣に座っているのは、四十代ぐらいの女性。上品な緑のドレスを着ているのに色気が漂う、ブルネットの髪に目元に泣き黒子がある人だ。

 ベアトリスさんがうなずく。


「はい。陛下がお招きになった紅茶師のユラ様です」


 紹介されて、私は慌てて小さく頭を下げて一礼する。

 どう挨拶していいかためらう間に、残りの一人が言った。


「可愛らしいお嬢さんね。あなたの紅茶を、先日初めていただいたのよ。とても香りが良くて気に入ったわ」


 三人目はもはや年齢不詳の女性だ。威厳を感じるものの、柔らかな美しさも兼ね合わせている。私よりは確実に年上だとは思うけど、他の二人と近い年齢なのか私に近い年齢なのかが全くわからない。

 そこでようやく、ベアトリスさんが説明してくれた。


「こちらは左から、国王陛下の母方の血縁でいらっしゃるイセル侯爵夫人、従姉にあたるアネーヴェ伯爵夫人、王族のトリアード公爵夫人です」


 なるほど全員が国王陛下に関係している方。そして私を好意的に見てくださるということは、三名とも国王陛下ととても親しく、気持ちも近しい方々なのだろう。

 この三人に私を会わせたのは、もしかして王宮内での後ろ盾とか、そういうことのためだろうか?


「紅茶を気に入っていただきありがとうございます。ご紹介にあずかりました、紅茶師のユラ・セーヴェルです」


 ようやくでてきた挨拶の言葉だけど、私にはこれで貴族のご夫人方にふさわしいものなのかどうかはわからない。けれど三人とも鷹揚に受け止めてくれた。


「今日は紅茶の製作者に会わせてくれると陛下からうかがって、待っていたのよ。予想以上に可愛らしい方が来てくれて嬉しいわ。沢山お話いたしましょうね」


「まずはお座りになって、ベアトリス嬢も一緒に」


 着席を促された私は、さっきよりも頭がパニックになった。

 ちょっと待ってくださいよ。王宮に上がったばかりの平民に、貴婦人のお茶に混ざれとかハードル高すぎませんか!?

 さっきの国王陛下とのお茶も、自分がどうしてたのかもはや覚えていないけれど、フレイさんが一緒で、それを確認しながらなんでまだなんとかなったの。


 だけどこういう作法とか、女性の方が厳しい目で見るんですよ。

 異性だと別枠で考えてしまうし、作法に違いが出るのも仕方ないと思うからなんだろうけども。

 でも断るわけにもいかない。たぶんこれ、国王陛下が私の味方を増やすためにセッティングした場だもの。だからベアトリスさんが連れて来たのだ。


 ……ええと、思い出そう。

 私の周囲で一番身分の高い人は団長様だ。男性だし、場所が騎士団の城で気楽すぎる喫茶店の中だから少しは違うかもしれないけれど、団長様のマナーを思い出すんだ私。その記憶しか頼れるものがない! 国王陛下の所作とかもう完全に忘れてるもの!

 そして先手を打つことにした。


「ありがとうございます。田舎育ちの平民ですので作法もわからず、失礼をしてしまうかもしれませんが、ご容赦くださいませ」


 マナーがめちゃくちゃでも怒らないでくださいと頼むと、三人とも笑顔でうなずいてくれたので、私はようやく安心た。

 部屋にいた召使いさんが椅子を引いてくれて、私はベアトリスさんと隣り合って座ることになった。


 そうだ。ベアトリスさんの所作も参考にしよう。

 ちらちら見られて迷惑かもしれないけれど、ベアトリスさんお願い! と思いつつ、座り方なんかを横目で確認してしまう。

 なにせドレスの裾も長いから、どう整えて座っていいのかも見当がつかないので。


 そうしてどうにかこうにか着席したのだった。

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