※騎士と陛下の連絡事項
「なるほどね」
ユラが出て行った扉を見つつ、国王は何かを納得したかのようにうなずいた。
そうしてその場に残っていた女官達も、部屋から下がらせる。
人払いをしたのは、いよいよ誰にも聞かせられない話をするためだろう。
そう判断したフレイは、誰もいなくなったところで口を開く。
「団長からは、どこまでうかがっていらっしゃいますか?」
「うーん、リュシアンがとても気に入っている子だっていうことは完璧にわかってるかな。度々くれる手紙のことでも、だんだんユラについての記述が増えていくのは、見ててけっこう楽しかったよ。本当に珍しいことだからね」
くすくすと笑いながら、国王はお茶を口に運んだ。
国王がそう言うのもわかる。団長は今まで、親族の手紙に女性のことを書くことはほとんどなかっただろう。それも何度も同じ人物のことを、となれば国王が関心を持つのも当然だ。
同時に、団長がそこまでユラのことを身内に話しているとは思わなかった、と意外な気持ちになる。
いくらユラに対しての言動が今までとは違うとしても、団長がすぐに国王にわかるほどに知らせるとは……。
まさか、と思う。
わざと知らせたのか?
理由はどれだろうと思いつつ、フレイも紅茶に口をつけた。
確かにユラに淹れてもらったものより、ほんのりと苦みがある。
ユラとしてはどうしてもこの苦みが見逃せなくて、先ほども美味しいですとはうそがつけなかったのだろう。
紅茶を飲むことに、よくわからないほどの情熱を持っている彼女のことだから、たぶんそんな感じだと思う。
そういえば、とフレイは回想してしまう。まさか護送中の宿でまで、紅茶に固執するとは思わなかった。
つい笑ってしまいそうになり、フレイはその気持ちを押し込める。
「どんな子かとは思っていたんだ。リュシアンは好感を持っているようだし、そうそう人に騙されるようなことはないってわかってる。でも親代わりとしては心配だからね、一度は見ておきたいと思ったけど……」
国王がふふっと声を出す。
「手紙から想像していた以上に素直な子だね。ちょっと驚くぐらいに……のどかな土地の出身なのかな? なんにせよ、リュシアンが手助けしたくなるのもわかるなぁ」
そこで話が途切れたので、フレイは団長から預かっていた手紙を渡し、無造作に封を破った国王は、目を通す。
「……メイア・アルマディールへの嫌疑については、タッチの差だったんだよね。もうちょっとリュシアンの連絡が早ければ……。でも、早々に他国へ移動させて良かったとは思ってるの。魔女であることが事実だとしたら、国内において置くのは危険だから」
「タナストラで魔女が災厄を起こすのなら、アーレンダールにすぐ影響はないですしね」
他国で暴れる分には、直接の被害はないのだから。
「しかも人質にあの娘が欲しいと言ったのは、タナストラの方だもの。おそらくイドリシアの人間が欲しいという理由があるのかもしれないけど、こちらが押し付けたわけではないから、何があってもアーレンダールのせいにはならないよ」
フレイとしても、国王の見解に同意だった。メイアがタナストラへ行って、ほっとしている。
ただメイアが魔女としての魔力を扱いきれなくなった時のことを考えると、問題が片付いたと思って彼女のことを忘れてしまうわけにもいかない。
それほどに魔女は危険な存在だ。
部屋に飾られている花にくっついていたのだろう精霊も、不安そうな顔でフレイの指先にくっついていた。たぶん、見逃さない方がいいのだろう。
「陛下、念のためメイア・アルマディールに監視をつけることを提案いたします」
「タナストラに間諜を放つの?」
「左様です。魔女となったものは、その強大な魔力を暴走させることがあります。その被害がタナストラだけに収まらない可能性も……」
「それは、イドリシアでは有名なの?」
国王の質問に、フレイは首を横に振る。
「王族なら伝え聞いているでしょうが……。彼女の母親は、元から他国へ嫁ぐ予定でした。となれば母親も知らず、彼女もそこまで伝えられていない可能性が高いと思います」
全ての手の内を知っている者を、他国へ嫁がせるのはリスクが大きい。
だから最小限のことしか知らない可能性の方が高いだろう。その中には魔女に関する情報もあるはずだ。
さもなければメイアがそんな賭けには出ないと、そうフレイは考えている。
同時に気になっているのは、火竜を倒した時に現れたイドリシアの魔術師の言葉だ。
――王が、魔女は一人以上存在してはならぬとおっしゃるのです。
その後イドリシアの魔術師は、現れた精霊王と同じ強大な魔力を持つ存在に「なぜ」と叫びながら消滅させられた。
あの闇色の存在が精霊王だというのなら……。イドリシアの者達は、精霊王に伺いをたてて魔女を作ったというのだろうか。
そもそも精霊王を呼び出せる人物がいるはずだが、一体誰だ?
特別な場、多大な魔力を必要とする精霊王の召喚を誰が行ったのか……。
メイアではありえない。彼女にそれができたのなら、その後ろ盾があることをフレイに言った上で、仲間になるように説得してきただろうから。
フレイの心に、そういった疑問が心によぎる。
でも深く考えることはできない。今は国王との話の最中だ。
「間諜については手配しておくね。元王族で精霊が見える君が言うことだから、無下にすると後が怖いから」
ふふっと笑いながら国王はフレイの意見を容れてくれる。
フレイは黙って頭を下げた。
便利に使ってはいても、無理難題を押し付けるわけではなく、意見を尊重してくれるから間諜まがいのことを課せられても不愉快だとは思わない。でなければ、他の方法でイドリシアの保護についてを受け入れてくれるよう、フレイはどんな手を使ってでも行動していただろう。
「とりあえずは、リュシアンがそう望んでいるんだろうから、当面のところ君にはユラの護衛的なことを任せようと思う。あのちょっと様子がおかしい元老院の貴族どもも、平民相手だと思って何かしかねないからね」
私、かわいいリュシアンに嫌われたくないから。
いたずらっぽく言った国王は、フレイに王宮への滞在とユラの喫茶室への常駐を命じた。
「こっちでも探りを入れてるけど、あの貴族どもが妙にムキになる理由がわからないんだよね。その辺も、できれば精霊に聞いてくれるといいんだけど」
その最後に国王は付け加えた。
「君もユラのこと気に入ってるみたいだし、彼女の保護にもなるだろうから、面倒だろうけどがんばってね? 私もユラの保護に関しては、も少しがんばってみるから」
ウインクされ、四十代の男にそんなことされてもなと、そこだけ少しげんなりとしつつ、フレイはうなずいたのだった。




