喫茶室開店のお誘い
「喫茶店……」
国王陛下の提案に、私は目を丸くする。
よもや王宮内でお茶を提供しない? と誘われるとは思わなかったのだ。
「でも王宮の中で、お金を取るのも面倒だね……。細かいお金を持ってる貴族なんてほとんどいないだろうから、頼まれたらお茶を提供して、あとで私が清算した方がいいかな? その方がふらっと立ち寄る人間も多くなりそうだし。するとお店じゃなくて喫茶室って感じね」
新しいもの好きの陛下は、新しい事業を考えるのもお好きらしい。わくわくした様子で喫茶室について話し始める。
私にとっても、これは渡りに船だ。
どうやってお茶を広めようとか思っていたけど、うなずけば王宮内で、公然と貴族相手にお茶が広められるのだ。
むしろ隣のフレイさんの方が戸惑ったようだ。
「陛下、本当に王宮で紅茶を提供させるのですか?」
「もちろん」
「しかし飲むでしょうか……。飲ませてユラを危険人物ではないと印象付けたい相手こそ、紅茶を忌避しそうに思うのですが」
「ああ大丈夫よ」
陛下は自信満々に言う。
「私がそこでお茶会したらいいじゃない? 強制的にユラのお茶を飲むことになるもの」
確かに……。
陛下が「私のお気に入りのお茶を淹れさせたんだ」と言って飲ませた上で、私が淹れたお茶だと話せば、後の祭りだ。
「計画がバレて、自ら毒を混ぜるような者がいた場合は……」
「見張りはさせるよ? それに私の女官を喫茶室の担当として貸し出すつもりだから、滅多なことはできないと思う。まず最初に疑われるのがユラとしても、一緒に私の女官まで疑うことになるからね。あ、毒見は私がしてみせるべきかな」
「そこまでなされば、疑うようなことをすると、全て陛下への不信ゆえということになりますから……相手も動きにくいかと思います」
陛下の返答に、フレイさんも納得したようだ。
というか私としては、陛下がそこまでしてくださるということに驚いていた。
「あの、私のために陛下に毒見までしていただくのは……。誰かに、お茶器か葉に毒でも入れられた場合は、どうにもできませんし。陛下をほんの少しでも危険にさらすわけには……」
「今フレイちゃんが言ったように、大丈夫だよ。それにね」
陛下はそこで、ニタァと表現したくなるような笑みを浮かべる。
「私もそれなりの年数在位して、ちゃんと権力握ってるつもりだから、ね?」
「あ、はい。……失礼いたしました」
なんだか怖い雰囲気に、私は引き下がった。
陛下は満足げな表情になる。
「ただ権力ではどうにもならないこともあるんだよね。魔法とか精霊に関することとか」
「何かお悩みが……?」
問いかけたところで、陛下が周囲の女官達に手を振って合図をした。
それだけですべてを察した女官が、召使い達を部屋から下げさせる。またたく間に、私たち以外には女官が三人残るのみになった。
「まだ確証がないんだ。だから誰にでも言える話でもないし、人払いしたんだけどね。……魔法かなにかの影響で、問題が起きている疑いがある」
「王宮内で、ですか」
フレイさんの言葉に、陛下がうなずく。
「おかしいと思わないかい? いくら情報源が貴族とはいえ、それまで誰ともつながりがなかったような娘の言葉を、沢山の人間が信じ込んでしまうことを」
そういえばメイア嬢って、ほとんど領地から出てこられなかったんじゃないかな。事情が事情で……。
婚約の時に、団長様と会うために来たぐらいなのかな?
その後は本人も辺境地に引きこもっていたわけで、親しい貴族はいなかっただろうと思う。
「……他国に人質として嫁ぐ、という悲劇性に同情したのかと思っていました。また、同情を誘う容姿だったことも一因だったのかと」
フレイさんの意見に、陛下が「私も最初はそれを疑ったのだけどね」と言う。
「信じても念のために確認を怠らないだろう人間まで、彼女の言葉一つで証拠は十分だと断言してしまう始末でね。さすがにおかしいでしょう?」
同意するしかない。
常と違う反応をする人がいるということは、何か別の要因が発生したということ。陛下はそれを、魔法ではないかと疑っているのだろう。
「他にもね。おとぎ話じみた魔女の話に、やたらと怒りを感じているところも異常だったな。この国で、まだ魔女のせいで被害にあった者はいないんだ。なのにどうしてそこまで魔女を嫌悪し、話も聞かずに厳しく罰しようと思うのか……私には理解できなくてね。正直、戸惑ったんだよね」
やれやれと陛下は肩をすくめた。
「その究明を、ユラにお任せになるおつもりですか?」
「というか、もし魔法だとしたらユラのお茶が使えるんじゃないかと思って」
フレイさんにそう答えた陛下だけど。え、お茶ですか?
「お茶に魔法の効果を付与できるんでしょう? そうリュシアンに聞いてる。それなら、何らかの魔法を打ち消す魔法のお茶を作れないかな、と思って」
なるほど、魔法の効果を打ち消すお茶か……。
作れるかな? ソラに聞いてみたいけど、そんな隙があるかな。
考えている間にも、陛下のお話が続く。
「まぁそれができなくても、実際にあなたのお茶を飲んで、魔女らしくないってことが沢山の人間に広まった時、妙に決めつける人間がいたら浮くでしょ? もし魔法じゃなかったとしても、ユラを魔女だと言う人間の方がおかしい、となるでしょ」
「そうなれば、ユラに魔女の疑いがあるというよりも、どうにかして彼女を魔女にしたがる人間がいる、と主張できるようになるわけですね」
「そういうこと」
なるほど。
もし異常な行動が魔法のせいで、紅茶でどうにもできなくても、他の大ぜいの人間がおかしいと判定できるようになることで、私の疑いを晴らせるのだ。
「で、喫茶室してみる?」
軽い調子で尋ねられて、私は即座にうなずいた。
「ぜひ、お言葉に甘えさせていただきたいと思います」
……こんなわけで、王宮で喫茶室をやることになりました。
さて、何が必要だろうか。必要物をピックアップしてお願いせねばと、ない頭をフル回転させようとしたところで、陛下から女官さんの一人を紹介された。
「ベアトリス」
「はい陛下」
二十代半ばくらいの、赤茶色の髪を綺麗に結い上げた女官さんが、陛下のすぐ後ろまで進み出てくる。
柔らかな雰囲気の「お姉様」的な雰囲気の女性で、目の下の泣き黒子が艶っぽい。
「ユラ、君の喫茶室についてはこのベアトリスに協力してもらうことにしているよ。紅茶をとても気に入っているらしくてね、淹れ方なんかも習得したいと言っているんで、適任だと思うんだよね」
「そ、それは光栄です。よろしくお願いいたします」
私はぺこりとお辞儀する。
ちょっとどもってしまった……。同年代の女性と長く接するのって、久々な気がする。だからか、昔のトラウマが自然と私の舌を硬直させてしまったようだ。
「こちらこそ、ぜひご教示ください。目的達成のためにも、できる限りお手伝いさせていただきますわ」
ベアトリスさんは淑やかな笑みを浮かべて、挨拶してくれた。
「必要なものについては、ベアトリスと相談してね。開始は三日後ぐらいでいいかな? 今日は一度休んで、明日準備をベアトリスとしてもらえばいいと思う。よろしくね」
陛下がさくさくと予定を決めてくれる。私は忘れないよう頭の中にそれを書き留めた。
「じゃあベアトリス、ユラを部屋に案内してあげて。フレイは少し私の話に付き合ってもらうよ?」
「色々とご配慮ありがとうございます。失礼します」
私は立ち上がって一礼し、ベアトリスさんに連れられて部屋を出た。
立派な彫刻の扉の外へ出ると、急に一人きりになった感覚に襲われて、少し怖くなる。
フレイさんと離れたからだとわかったけれど、でも紅茶に関しては一人でやっていかなければならないことなんだから、がんばらなくては。
内心でちょっと気合を入れて、私はベアトリスさんについて歩き出す。
そうして案内されたのは、少し離れた棟にある一室。
自分の騎士団のお城の部屋よりも、ずっと広かった。
さっき陛下とお茶をした部屋ぐらいはある。
金や銀の装飾こそないけれど、壁にはなだらかな彫刻と、蔦模様の縁取りが描かれ、カーテンには美しいレースも使われている。
寝台も支柱寝台とまではいかないけれど、ベッドカバーも精巧な刺繍がほどこされて……これって豪華すぎません?
「あの、ここは客室か何かでしょうか?」
「そうです。陛下から客人扱いをということでしたので。ただユラさんが出入りの際に気後れするだろうからと、使用人用の通路に近い端の方にしております」
「確かに使用人さんに紛れられた方がありがたい……いえいえ。お客扱いというのも、なんだか申し訳なく……」
だって本当のところ、私って罪人扱いされるところだったわけで。それを抜きにしても、客人扱いの平民ってありうるんだろうか。
ど平民の『ユラ』の知識では、王宮のルールが全くわからない。
落ち着かずにそわそわしながら言えば、ベアトリスさんはにっこりと笑って、暖炉の上に置いていたベルを鳴らした。
部屋の続き間らしい扉が開き、ざざっと三人ほどの召使いさんが現れる。
その手に持っているのは、
「陛下のお客扱いですので、この客間で大丈夫ですよ。それに気後れする要因は、その服装にもあると思うので……陛下の指示にて、すでに衣装は用意させていただいております。まずはお部屋の主にふさわしく、着替えをしましょう。そうしたら、気持ちも落ち着きますよ?」
有無を言わせず迫るベアトリスさんに、私はただただうなずくしかなかった。




