国王陛下とのお茶会
緊張する。
目の前には当代国王、クリストファー陛下がいるのだ。
部屋の中には召使さん達や女官さんもいて、じっとこっちを見ている。
陛下のきらびやかな装束は言うに及ばず、召使さんの黒っぽいお仕着せでさえ私の服よりも質が良くて、女官さんに至っては絹のドレスをお召しだ。
こう、泥だらけの服で家に入ってしまったような申し訳なさを感じてしまう。
でも国王陛下は気にしていないようだ。ずっとにこにことしていた。
「さあ、あなたが作った紅茶を淹れさせたから、飲みながら話しましょ」
その言葉と同時に、茶器がテーブルの上に置かれる。
そこから漂う香りは、間違いなく私の作った紅茶の香り。
「淹れ方にもこだわりがあるらしいと聞いたよ。うちの子達も研究したかったようだけれど、沢山は手に入らなかったので練習しきれなかったようだけど……どうかな?」
優しく尋ねられた私は「それでは失礼して……」と先にお茶に口をつけさせてもらう。
香りを確認、一口飲んで渋みや味を確認。うん。
「もう少しだけ蒸らし時間を少なくすると、すごく理想的な感じになると思います。水色を濃く出すために置きすぎると、渋みが出てしまいやすくなるのです」
「ああなるほどね。見た目の綺麗さを追求しすぎても良くないんだ」
「それでも、実際のものを口になさらずにこれだけきちんと淹れられるのですから、十分に素晴らしいと感じました」
「未知の飲み物だからね」
そう言って小さく笑った陛下が、続けて言う。
「私が新しいもの好きだから、周囲の子には苦労させてるなとは思うけど、いろいろ試してみたくなっちゃうんだよね」
「私の方も、売る際に淹れ方については詳しく周知をしていなかったと気づきましたので、こうして教えていただいて有難く思っております」
ここは要改良点だ。
おいしく飲んでほしいのなら、淹れ方も周知するべきだったのだ。
ヨルンさんに知らせなくてはと、心の中でメモをしておく。
それにしても……国王陛下がオネエで良かった。
いかめしい顔つきの王様に威厳のある話し方をされていたら、気分がふんにゃりする紅茶の力でも借りないと、こんな風にお話なんてできなかった。
火竜さんが相手の方がよほど気楽だった。
なにせ陛下達を攻略するには、魔法での防御は効果がなく、攻撃して倒せばいい相手でもない。
相手の機嫌をそこねないように、でも会話をしないと自分への印象を良くしてもらうこともできないのだから、黙ってばかりいてもいけない。そういうのは、とても難しい。
ことに「ユラ」としての幼少期から引っ張ってきた対人恐怖症の記憶がある身としては。
そこで私の方の緊張がゆるんだのを感じたのか、陛下が言った。
「さて、ユラ。あなたが魔女の容疑をかけられている話は聞いたと思うけど、詳細についてはまだ知らないよね? 私も走り書きの手紙じゃ、リュシアンに全部伝達できなかったし」
話が切り替わり、私は背筋を伸ばして陛下を見る。
「はい、その通りです」
「あなたのことを告発したのが貴族令嬢、そしてちょっと無視できない立場の人間だったということもそうだけど、その容疑を固めてしまったのが……あなたのお茶についてなの」
「紅茶が、ですか?」
え、どういうことだろう。
紅茶と魔女って何か共通点が発生したりするものなのだろうか。よくわからなくて、ついフレイさんの方を向いてしまう。
一緒に黙って話を聞いていたフレイさんも疑問に思ったみたいだ。
「質問してよろしいでしょうか、陛下」
「もちろん」
陛下は紅茶に口をつけて、うなずく。
「ユラの紅茶は、魔法薬と似た効果しか発揮できません。ユラ自身が淹れると、この紅茶のように気力の回復、魔力の回復、ささやかながら防御力の上昇などはできます。でも魔女のように人を操れません。なのに、一体どうして紅茶から魔女に繋がったのですか」
「紅茶を飲んだ魔物がユラの言うとおりに動いたらしい、という話を聞いたからよ」
「それは……魔物が魔力のこもっていた紅茶と引き換えにということで、魔物を操ったわけでは……」
フレイさんが説明してくれて、私はうんうんとうなずく。
「私もそこは詳細を知らないのだけど、魔物と取引をしたということ?」
「精霊が言葉を仲介したそうです。ユラは精霊を見て話せるので」
ここで魔物と話せることを言っちゃいけない。ますます魔女疑惑が深まってしまうだけだから。
「そういえば精霊の愛し子だったわね。お茶も精霊の力を借りて作っていると、リュシアンに教えてもらったけど」
「その通りです」
おおよそのことは、精霊で説明をつけるしかない。それぐらい精霊はいまだに不思議いっぱいの存在なので、たいていのことは納得してもらえる。
うん、と陛下はうなずいた。
「ユラ、私はリュシアンから度々あなたに関することも聞いていたから、元は被害者であるあなたが魔女ではないと思ってる」
よかった。陛下は魔女ではないと信じているらしい。
「そして精霊のことも聞いていたから、あなたの潔白の証言のためにも、精霊教会から人を派遣してもらうことになっているんだよね。それで精霊のおかげであるということは、証明できるから」
ただし、と陛下はつけ加える。
「あなたのお茶についても、もっと貴族の間で理解者を増やした方がいいと思う。どうもこれに関して、やたらとメイア・アルマディールの意見に傾倒する者が元老院に多くてね。魔女の中には魔法の茶で、人をも意のままに操った者もいる、というふっるーいおとぎ話まで発掘してきたのがいて」
陛下はため息をつきつつ続けた。
「そんなおとぎ話があるんですか……」
これはマズイ。ただでさえ実在する魔女の記録が薄い時代、誰もが魔女かどうかを判定する前提知識なんて、おとぎ話しかないのだ。
確実な判定法がない限りは、魔女裁判みたいにあいまいな根拠で「お前は魔女だ!」と言われてしまうのだ。
いや、私の場合は確実な判定法があっても困るんだけど。
とにかく精霊教会の人をだますために、後で精霊さんにお願いをしておこう。私のことを魔女と呼ばないで、とは言ってあるけれど、魔女は誰か指を指せとかそう頼まれた時、精霊さんは素直に私を指し示しそうだから。
問題はおとぎ話だ。
と思ったら、陛下から提案された。
「それでね。あなたのお茶について周知したらいいと思うんだ私」
「周知、ですか?」
陛下は実に楽し気にうなずく。
「魔力回復の他にも、なんか効果のあるお茶があるんでしょ? 魔法薬と同じだとわかってもらうためにも、騎士団でやってたみたいにココでも喫茶店やってみない?」




