測定石の加工をしました
「先に話し合っておけば良かったね……」
教会を出て歩き始めてすぐ、フレイさんが悔恨の滲む声で言った。
次は近い場所だからと、馬は教会に預けたまま、目的地へ向かって歩いているのだ。
「私も職名が必要だということは、うっすら知っていたのに思い出さなかったので、私もいけなかったんです、フレイさん。むしろあの司祭さんがちょっと短気なのでは……」
一分でいい。時間をくれていたら。
まだ茶師の方がそれっぽいとか、薬師の亜種ってことで、そうしてくださいとお願いするとかできたのに。
ああああああ。
頭を抱える。でももう取り返しはつかない。
「ほら、でも紅茶師ってちょっと珍しくて可愛い感じがするし」
どこか、可愛さを感じられる音だったんでしょうか……。
明らかな慰めだとわかっているけれど、その優しい気持ちをふいにするわけにはいかないので、私は「はははソウデスネ」と同意しておく。
「ところで水晶、どういう形で持つのが一番いいかい?」
「できれば首からかけられるのが一番いいかなと。無くさないと思うので」
「女の子ならその方がいいかもね。さ、こっちだよ」
フレイさんが案内してくれたのは、路地を一本入ったところにある装飾品が並ぶお店だった。
あまり高価なものを置いているわけではなく、町娘の私でも手が出せそうな、宝石のないデザインのちょっと可愛いものが多い。
金古美や銀の首飾りや髪飾りなんかが、木の棚に置かれたり、つりさげられて飾られていた。
「すまない、加工を頼みたいんだが」
フレイさんは慣れたように、奥にいた店の主人に声をかける。
ちょび髭のめがねをかけたおじさん店主は、目を丸くしてフレイさんを見た。
「え、どうしたんです店まで来て。呼んでくだされば伺ったのに」
「今日は女の子を連れて来る用事があったから、普通に店に入ってもかまわないと思ってね」
そのやりとりでなんとなく察した。
なるほど。
騎士団の人がこんな可愛いお店に、加工を自分で頼みに来るわけがないのにと思ったら、いつもは呼んでいたのか。
……フレイさんが女の子を連れてくる定番のお店を、私にも紹介してくれたのかと思った。誤解してごめんなさい。
心の中で謝ると、視線に気づいたフレイさんが不思議そうな顔をした。
「どうかしたかい?」
「いいえ。己の心の黒さを反省しておりました。ええとこれを首から鎖で下げられるようにしてほしいのですが……」
私が進み出て頼むと、店主が水晶を受け取って見た後でふむふむとうなずく。
「こういう鎖でいいかね?」
差し出されたのは金古美の細い鎖だ。水晶の色にも合っていていいので、うなずく。
「おいくらになりますか?」
あまり高くないといいなと思いながら言えば、フレイさんに肩を叩かれた。
「そこは気にしなくていいよユラさん。騎士団の事情でそれを作ったわけだから、騎士団で支払うからね」
「あ、ありがとうございます」
フレイさんが自腹でというのなら断ったが、騎士団の金庫からと言うことなので、私は素直にうなずいた。
社員用の備品を用意するために、会社が支払いをするようなものだろうと考えたからだ。
そうしてすぐさま、ちょび髭の店主は作業に入ってくれた。
水晶にちょいと穴を開けて金具を取りつけ、そこに鎖を通してすぐ完成してしまう。
「はい、これで1000ソルだね」
ちなみにソルの価値は、前世の円みたいな感じだ。とすると1000円で加工代と鎖代をまかなったのだから、結構お安い。
「助かった。また依頼があったら声をかけるよ」
白銅貨を二つ渡したフレイさんと共に、私はお店を出た。
教会で預かってもらっていた馬を受け取り、再び馬に乗って騎士団の城に戻る。
城の外郭から、内部を通って居館までかなり距離があるせいだ。
この騎士団の城は、外郭になる塁壁の内側に入ると、まず騎士達の練兵場所や、万が一のための畑なんかがある。
かなりのスペースがとられているので、ここを歩くだけで時間がかかるのだ。
その奥に、さらに壁に囲まれた城がある。
私はフレイさんに連れられて、団長さんの執務室へ向かうことになった。
討伐者として、騎士団に所属するための手続きをするためだ。
いつもは居館の端にいる上、そちらの出入り口を使うので、居館の正面玄関から入るのは初めてだ。
騎士団の人が沢山出入りしている。まだ夕方にはなっていないからだろう。
当然、オルヴェ先生の所に来ない見知らぬ人とすれ違う。
それが全員、自分より背の高い男の人ばかりだから、そういう場所だとわかっているのに怖気づく。
女性騎士もいると聞いたことがある。
それに、ゲームではプレイヤーが特定シナリオをクリアできればチェンジできる。だけど、基本的には希少みたいだ。
たぶん多少なりとリアルな世界として考えると、剣を振り回すのには筋力が必要になるし、女性で筋力に恵まれた人というのは珍しいからだろう。
と、そこで私はふと違和感を抱いた。
なにか変な気がする。
どこがおかしいのか、引っかかった場所がするりと思考の中で逃げていくので、思い出せない。どうもこの世界で育って来た『ユラ』としての考え方が邪魔しているような気がしてならないけど……。
それよりも、すれ違う騎士さんの集団にじっと見られる恐怖の方に、気が取られた。
前世の記憶を思い出した後は、驚くほど他人への恐怖を感じなくなっていたのに、やっぱり集団に目を向けられるとめっちゃ怖い。
いや、これは前世の自分だって怖がったかも。
道行く人全員に振り返られたら、変な格好しているのかとか、私の顔が今日は特別おかしいのかもしれないとか不安になる。
そして聞こえるひそひそ話……。
「まさかあれ、城から出て行かせることにしたのか?」
「それで団長に挨拶に来たとか? 前にもそういうことがあっただろ」
「でもなぁ。彼女ってこっちには全然来たことなかったじゃないか? 別れ際に自分を印象付ける方じゃないと思うんだが……。身分はわきまえてそうだし」
え。私出て行くって話になってるの?
違うんだけどなと拍子抜けすると、少し怖さがなくなった。
フレイさんもひそひそ話が聞こえたんだろう。
「そういえばあなたは、あまりあちこち出歩きませんでしたね」
「怖いじゃないですか。知らない場所ですよ? それにオルヴェ先生にも注意されましたし。あと魔物の討伐後とか、気が立ってる人に近づいて、突き飛ばされたりしたこともありますし……」
怪我をしたいわけじゃないので、自衛は必要だ。
私の話を聞いたフレイさんは、なるほどとうなずいた。
そうして執務室に到着した。