王宮へ行くまでの間に
顔を覆ってうずくまり、必死に耐える。
護送される馬車の中で叫んだら、魔女が本性を現して暴れ始めたとか、変な言いがかりをつけられるかもしれない。
でも目を閉じると思い出してしまう。
近づいた団長様の顔。
でも最近はそういうことが多くて、完全に油断していた。
気づいたら、口がふさがれていた。
柔らかさと同時に、少し自分よりも低い温度を思い出して、キスした事実に頭の中が爆発しそうになった。
「団長様……。いや、あんなことをした理由はわかってる」
私の説得をやめさせようとしてのこと。でも、手で口をふさいでもよかったのに、団長様はキスを選んだ。
私をびっくりさせようとするためだけに、団長様が女性にキスをするような人ではない。
だから確信的な行動だということで……。
「うぉぉぉぉ」
思わずうなってしまうと、馬車の扉をノックされた。
え、何か御用でしょうか。
近づくと、馬車に護送の騎士さんが並走していた。
外を見られる窓が開く構造になっていたので、私は開けて尋ねてみようとしたのだけど。
「何か体調不良か? うなり声が聞こえたが……」
「あ、あの、すみません。ちょっと緊張のあまり……。あ、あははは」
私は笑って誤魔化した。
騎士さんは首をかしげながらも離れていく。たぶん、護送を始めて早々に対象者が体調不良で問題が起きてはいけないと、確認してくれたのだろう。
思いがけず、護送の人達が私を普通に気遣ってくれるらしいこと、罪人として扱うよりは優しい対応らしいことがわかったけれど。
「なんてこっぱずかしい……」
年頃の女だというのに、泣き声ならまだしもうなり声を聞かれるとは。
溜息をついたところで、ふと手に何かが触れている感覚があって目を向けた。
そこにいたのは、ゴブリン姿の精霊だった。さっき窓を開けたときに入ってきたのかもしれない。
てしてしと私の手を叩いて首をかしげるあたり、「気にすんな」と慰めてくれているのだろうか。
「ありがとう」
そう言って指でつつくと、よろけながら「グッジョブ!」というように親指を立てた手を突き出し、どろんと姿を消した。
精霊のおかげで、少し気分を変えられた気がする。
キスのことはどうあっても忘れられないけど、今は護送されているということを考えるべき……。
そう思ったのですが、悶々とこれからどうなるのかを考えたところで、行ってみなくてはわからないことだらけだ。正直、考えるだけ無駄ではないかなと思ってしまう。
「団長様は、国王陛下が私にお会いしたがっていると言っていたし、多少なりと考慮してもらえるだろうと言っていたけど」
問題は、他の貴族だろう。
「お茶でどうにかするには、国王陛下が紅茶を振る舞わせてくれた上、お茶会か何かを開催してくれるっていう状態にするしか……ないよね?」
うまく誘導できるだろうか。
そして国王陛下についての情報も、オネエだということぐらいしかない。
――と、そこで他のやるべきことを思い出す。
「そうだ火竜さん」
何も私からは連絡していない。
人の言葉は理解できるので、団長様から説明を受けて状況はわかると思うけれど……。火竜さんの言葉がわかる人がいないので、納得しているのか、説明が足りなくないかが不明だ。
なので、さっさと火竜さんとコンタクトをとる。
まだそれほど離れていないけれど、一応Dボタンに魔力を込めつつ通信開始。
「あーあー、火竜さん聞こえますか?」
《火竜:貴様か……》
相変わらず火竜さんのセリフは悪役っぽい。そして文字表示でそれを見るのが久々で、なんだか感慨深かった。
「たぶん団長様に説明を受けたと思うのですが……」
《火竜:お前が人間の王とやらのところへ行くことだろう? どうせお前はふいでも突かれなければ死ぬまいから、心配はしておらんが》
いやそうなんでしょうけれど。
魔術師に攻撃されたところで、火竜さんのブレスを防げる盾の魔法があれば、死にはしないだろう。
「どっちかっていうと心配しているのは、私が社会的に死にそうなことなので」
《火竜:社会的に?》
「言うなれば、竜の仲間から徹底的に嫌われて、二度と顔を見せるなと全員に言われてしまうかもしれないってことです。心理的ダメージと行動が制限されて、むこう一年ぐらいは火竜さんの住処を取り戻す行動ができないかもしれません」
アーレンダールに入れなくなったら、故郷には帰れない。ひと段落がついたらお祖母ちゃんのお墓参りをしようと思っているのに、二度とできないとなったらさすがに私は落ち込む。
それにタナストラに対して行動しにくくなるだろう。
団長様達の援助が受けられなくなるし、紅茶を売ってくれるヨルンさんと会えるようになるまでだいぶんかかるはず。
「そのようなわけで、しばらく団長様の言うとおりに動いてください。悪いようにはしませんから」
《火竜:……人間の事情はよくわからん》
火竜さんはそうこぼしながらも、とりあえずはOKしてくれた。これで火竜さんのことは、一時団長様にお任せきりでいいだろう。
ほっとしたところで、他には何もやることがなくなった。
じっと風景を眺めていても、街道沿いというのはそうそう目新しい景色が見られるわけでもない。
そのせいか、私はいつのまにかうつらうつらとして……。
お昼になって馬車が止まってから、はっと目を覚ました。
馬もずっと走らせているわけにはいかない。人も休憩が必要だから止まったのだろう。
そう思ったところで、扉がノックされた。
「はい!」
返事をすると、扉を開けてフレイさんが顔をのぞかせた。
「昼食の時間だよ。出ておいで」
「え、あの……何か縛ったりとかしなくていいんですか?」
一応、国王の元に引っ立てる容疑者みたいなものだと思っていたので、普通にフレイさんが呼びにきて、私は驚いてしまう。
「縛ってほしいのならそうするけれど。俺はそういうのも好みだけどね」
「ちょ……!」
怖いこと言わないでくださいよフレイさん!
「冗談だよ」
笑ったフレイさんは、私の疑問に答えてくれる。
「魔女の疑惑がある人物の護送として派遣されたようだけどね、彼らは国王陛下から『あくまで疑惑だから』とはくぎを刺されているようだよ。だから逃げなければ大丈夫」
「あくまで疑惑……」
それにしてはものものしかったけれど。
とにかく食事などもしなくては、王宮まで数日かかるというのに死んでしまう。私はフレイさんと一緒に馬車を出て、外の空気を吸い、護送の騎士さんから渡された食事を口にした。
簡素なパンと水とチーズの食事は少々味気ない。
でもすぐに移動なので、この場ではお茶を淹れてもいいか聞くことはできなかった。
いくら案内するつもりとはいえ、一応魔女疑惑がかかっている私だ。護送の騎士さん達から、不審そうな視線が向けられているのは感じたし。
だからその晩、次の町の宿についた後で、沸き立てのお湯をもらってフレイさんと二人でお茶を飲んだ。
たいてい、夜一緒にお茶を飲むのは団長様とだったので、なんだか不思議な感じがした。




