え、紅茶師!?
「あと彼女は、所在地を変えることになるので、それも記録して下さい。元はアーレンダール北の、カトレスの町に住んでいた人です」
フレイさんの説明に、司祭は青い水晶玉に触れながらふんふんとうなずく。
司祭の手が触れたところがほのかに光っているので、話を聞きながら水晶に登録されている情報を書き換えているんだろう。
「新しい所在は?」
「騎士団の中に住まわせます」
さすがにそれは珍しいと思ったのだろう、司祭はちょっと眉を跳ね上げた。けれど何も言わない。
騎士団で決めるべきことだから、口を出すまいと思ったのかもしれない。
「それでは討伐者としての登録を行いましょう。ご登録者は前へどうぞ」
ゲームで流れを知っている私は、司祭の側へと進み出る。
「これを持ち、祭壇の精霊球に手を差し伸べて下さい」
司祭から渡された赤い水晶玉を掌の上に置き、私は精霊球へ向かって手を伸ばした。
精霊球は、昔、精霊の強い祝福を受けていた魔法使いが作った、いわゆる通信監理ネットワークのようなものだ。
これに登録することによって、各地の教会の精霊球にも情報が伝わり、転々とあちこちで討伐者として仕事をしても身元証明が出来る。
その上、戸籍情報を登録しているようなものなので、誰がどこへ行ったかという記録を、教会側は知ることができるのだ。
この中世風な生活様式の世界で、人口統計が取れるのってすごいと思う。
だから国や貴族達は、教会に頭が上がらない。
それ以外にも、精霊の祝福という形で、精霊球を維持する精霊達の力を借り、治癒などを行ったりするのが教会の仕事だ。
討伐者を登録するのは、腕力や魔法を使える人間を管理する側面もあるんだろうなと思う。
ひどいことをして討伐者から除名されると、精霊球の恩恵を受けられなくなる。
その上、登録をしてあるので違反者情報は、どこの教会でも参照できるので、名前を変えても無駄。
だからこそ、討伐者が悪いことをしないようにという、規制をする役割もある。
手を近づけると、精霊球から青い煙のようなものが漂い出し、赤い水晶玉を持つ手をぐるりと巻き付くように伸びて来る。
やがて赤い水晶玉が青く変わった。
と、そこで私は思い出す。
あれ、ここで職業名の選択しなくちゃいけなかったんじゃなかったっけ?
私何で登録するんだろうと困っていたら。
「あなたの職業名を教えて下さい」
案の定、司祭にそう言われてしまった。
でも私って魔法使いというのは違うし、剣士でもないし、これ、どうしよう。
悩んだ末にフレイさんを振り返った。
「あの、職業名ってどうしましょう? 私、魔法使いっていうわけじゃないですし」
むしろ魔法使いを名乗ったら、方々から石を投げられそう。
言われてフレイさんも困った顔になる。
「ユラさんの場合は特殊だからね……。あ、そうだ。君はお茶を淹れる職につくことになるんだろう?」
「はい」
紅茶を淹れて、それが人のためになるお薬にもなるならそれが一番だ。
「それなら『鍛冶師』みたいに、『紅茶師』とか、そういう職業名でいいんじゃないのかい?」
「あ、なるほど」
新しい職業名を考えるってことですね。
それなら大急ぎで候補を頭の中で挙げて、一番それらしいのを……と思ったら、
「紅茶師ですね。わかりました」
待たされていた司祭が、そう言って登録に必要な呪文を唱え始めた。
「え、あの!?」
止めるいとまもあらばこそ。
「……この者、紅茶師なるユラ・セーヴェルを登録する」
うわあああああ! 登録されちゃった!
がくぜんとしていると、青い水晶玉の中からふわりと影が浮きあがった。
蝶だ。
ひらひらと舞い飛ぶ蝶が何匹も現れる。幻想的な光景に感動していたら、最後に出て来たのは。
「…………またか」
青いトーガをまとったようなゴブリンだった。
蝶達に混じってくるくると舞うゴブリン。
どういうこと……と思っていたら、ゴブリンが最高の笑顔を見せながら、私の掌の赤い水晶玉にインして姿を消した。
「げっ!」
うそ、私の水晶、ゴブリン入り!?
「どうしたんだい?」
後ろからフレイさんの心配そうな声が聞こえたけれど、返事ができるような状況じゃない。
驚いている間にも、手の中の水晶が、最初からつぼみだったように花開いていく。
一瞬。ゴブリンの人面花になるかと警戒した。
けれど水晶は、八重咲の椿みたいな形に花開いて終わる。
はー良かった。
安心して肩から余計な力を抜いた私だったけれど、司祭の「もう腕を下ろしてもいいですよ」に続く言葉にぎょっとした。
「これで紅茶師ユラさんの、討伐者登録が完了しました。紅茶師ってとても珍しいご職業ですね?」
「え、いや……あははは」
そりゃ今作られたばかりですから。聞いたことも見たこともないでしょう。
私はどうにかならないのかと思い、フレイさんの方を振り向いてしまう。
フレイさんも、自分の一言で職名がさっと決まってしまったことは後ろめたいようだ。視線を逸らしてしまった。
「目的は達成しましたし、とりあえず教会を出ましょうか。測定石も身に着けられるように変えなければなりませんし」
そう言われてしまうと、私も拒否することもできない。
「はい、わかりました……」
でも声に覇気がないのは、容赦してください。
紅茶師。
一生この職名を背負って生きて行かなければならないんですよ、私。