精霊の姿って……
「かわいさが……っ、ない!」
思わず本音が出た。
あ、しまった。団長様の前なのに、失礼だって怒られるかもしれない。
と思ったんだけど、
「気持ちはわかる」
唯一アレが見える団長様に、同意された。
「あれはさすがに、初めて見た時は私も悩んだ」
悩んだんだ……。
「やっぱり、精霊のイメージと違うからですか?」
この世界で生きて来た分の記憶をさらっても、絵本にはもっと可愛らしい動物の姿が精霊として描かれていた。鳥とか、魚とか、狼とか。
前世のゲーム的にもこんな姿の精霊は出て来ない。
魔物にゴブリンがいたぐらい?
でもあっちは人と同じ大きさだし。こっちは人差し指大なのだから、やっぱりゴブリンとは違うのだと思う。
「というか、この数年だ。精霊の中にそういう姿のものが混じるようになってきたのは。ある意味新種と言うべきかもしれん」
「新種の精霊……」
なんだろう。新しく生まれた時に変質したのかな?
ゲームの進行的に、こういう悪魔っぽい外見の精霊が必要になった……なんてこともなかったんだけど。
「バグ?」
小声でつぶやくと、こちらを見ていたゴブリン的精霊が首を横に振った。
え、私の言葉わかるの?
そうしてゴブリン精霊は、なぜか親指を立てて手を握って『グッジョブ』の仕草をしてみせた後、何か煙みたいなものを投げつけて来た。
「ひゃっ!」
かわせずに手に当たってしまう。というか人差し指大のゴブリンの手から出たものだから、豆みたいに小さかったんだけど。
でも煙が当たって消えると、目の前にパッと不可思議なものが浮かぶ。
まるでゲーム画面みたいに、向こう側が半透明に透ける板が空中に現れて、その上にこんな文字が表示された。
《お茶の作成能力上昇により、精霊視の能力が使えるようになりました》
……なんですと!?
「お茶の作成能力が上がったから、精霊視の能力がついた?」
つぶやくと、それを耳にした団長様が言う。
「精霊の声が聞こえたのか?」
「あ、えーと。断片的に、そのような言葉が」
目の前に表示された画面のことを、どう説明したらいいのかわからなかったので、そんな言い方で誤魔化した。
そもそもなぜ私にこんな画面が見えるのか、意味がわからない。
「でも本当に、精霊なんだ……」
精霊視と書いてある以上、精霊が見えているのだろう。
だけど精霊が見えても、お茶の効能がわからないとどうしようもないというか……。これ以上の能力を磨くにはお茶を作らなくちゃいけないけど、止められているし、八方塞がりなのは変わらない。
むむ、と睨みながら画面を押してみると、ひゅっと目の前から消えた。焦って同じ仕草をしてみたら、また画面が出た。
お、精霊視ってスキルがあれば、この画面が出せるようになるってことなのかも。画面よ出ろと思いながら、押す動作をすればいいのね。
試して遊んでいたら、精霊がカップを指さした。
お茶に指を突っ込むような仕草をする。
「お茶にさわる?」
まさかそうしたら、この表示が変わる?
精霊が何かを教えようとしているようだけ、飲み物に指で触れるのは抵抗がある。
……いや、別のものを試したい。
せっかくゲーム画面準拠の状態なんだもの。
画面を通り越して、遠くに見えるカップに、触れるような仕草をする。
「あ」
画面の文字が変わった。
《ヘデル茶。特に効果はなし。スキル練度+1》
お、お茶の効果が表示できてる! やった!
これで紅茶を作っても、安全かどうかすぐわかる!
私がそれを確認すると、精霊はにやっと笑って姿を消した。ええと……あれはニヒルな笑みとか表現するべきなのかな? ちょっと怖かったけど、私に使い方を教えてくれたのは間違いないので、良い方に考える。
「団長様!」
私は団長様を振り返った。満面の笑みを浮かべていたと思う。その勢いに押されたのか、団長様がちょっと引き気味だけど気にしない。
「な、なんだ?」
「私、精霊にお茶の効果を教えてもらえるようになったみたいです! これでお茶を作って飲んでもかまいませんよね!?」
勢い込んで聞けば、団長さんが唸る。
「本当にそれが正確なら……」
「じゃあ新しいの作ります! それで検証しましょう!」
決まったとばかりに、私はさっそく茶葉を取り出す。
フレイさんと団長様が止める間も無いように、さっさと茶葉を煎り始めた。
検証のためにも紅茶が飲めなければ問題外。
だから紅茶で三種類作る。もし飲んじゃまずいものしかできなかったらやり直しになるもの。
基本の紅茶。そして新しい香り付けをしたもの。今日はオレンジにする。最後の一種類は、オレンジの香りの紅茶にミルクを入れたものにしよう。
まず普通の紅茶を多めに作る。
煎っていると、ぼわっと炎とともにゴブリン精霊が現れて、茶葉に煙玉をなげつけてかまどの中に戻って行く。
まさか炎の精霊もあの姿なんですか……。そしてあれで魔法が付与されたみたいだ。
ちょっと呆然としたけど、気を取り直して乾燥オレンジを混ぜたものを用意。
普通の紅茶からカップに注いで、これを画面で見てみた。
《紅茶。効果:気力の回復+10。スキル練度+10》
なるほど、本当に気力の回復だったみたい。
次はオレンジの香りがする紅茶だ。
《オレンジティー。効果:魔力の回復+10。スキル練度+10》
「あ、魔力の回復だ」
「なんだって!?」
聞いていたフレイさんが驚いた。
「団長、検証しましょう」
「そうしたらフレイ、お前がちょっと外で魔法を使って来い。あと鶏を一匹。毒でなければ、少しまずいことになっても、夕食の材料にすればいいからな」
え、フレイさんて魔法が使えるんだ?
初めて知った事実に驚いている間に、フレイさんが外へ出て行き、やがて鶏とともに戻って来た。
まずは鶏さんに毒味をお願いする。
安全なものだとわかっているし、鶏さんも問題なし。
次にフレイさんが、自分の能力値がわかる水晶を解錠した上で、お茶に口をつけた。
ほんのカップ半分しか入れてないのだけど、それを飲み切ると、ちゃんと魔力が回復したみたい。
「間違いないな」
「一応こっちも作ってみますね」
私は、オレンジティーにミルクを混ぜる。
《オレンジミルクティー。効果:鎮静作用。スキル練度+5》
「鎮静作用……」
気持ちを静めるお茶ってことだよね?
「そういう効果か?」
団長様にたずねられて、うなずく。
「どう検証しましょう? 誰かを怒らせるわけにもいきませんし」
「この鶏が大人しくなればいいんでは?」
さっきからジタバタと暴れている鶏を抱えていたフレイさんに言われて、それもそうだと鶏さんに飲んでもらった。
すると。
「おお……」
三人の声が合わさった。
そう言ってしまうほど劇的に、鶏が大人しくなったのだ。
我ながら驚いた……。すごいな、お茶。




